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空飛ぶバイクに乗って

 近所のディスカウント・ショップで、「空飛ぶバイク」を売っているのを見かけた。パッと見た感じ、ハーレー・ダヴィッドソンの883にそっくり。
「あの、すいません」そばを通りかかった店員に話しかけた。「これって、普通のバイクっぽいんですけど、ほんとに空を飛べるんですかぁ?」
 店員はにっこり笑って、
「はい、飛びますよ。仕組みまではわからないんですけど、確かに飛ぶんです」

「ふーん。あ、でもバイクの免許、持ってなかったんだっけ……」こちらから尋ねておきながら、肝心なことを忘れていた。これでは、まるで冷やかしである。
「ああ、それなら大丈夫です。現在の道交法に、『バイクで空を飛ぶのは禁止』なんて規制はありませんから」
「そうなんですか。じゃあ、買っちゃおうっかな」

 値札を外してもらい、店の外まで押して歩いた。大きなバイクなのでさすがに重い。けれど、飛んでしまえばどうってことはないのだ。

「飛ぶときは、ニュートラルからローにギアを入れてくださいね」店員が操作方法を説明してくれる。「全部で20速まであります。1速ごとに、高度が100メートルずつ上がっていきます。慣れないうちは、あまり高くまでのぼらないでください。空気が薄くなりますから」
 タンクにお買い上げシールを貼ったまま、わたしはバイクにまたがった。
「ガソリンはレギュラーでいいんですよねっ?」最後に、そう確認をする。
「高度2000メートルを飛ぶときは、ハイオクのほうが燃費がいいんですけどね」と店員。

 アクセルを開くと、次第に車体が軽くなってきた。おぼつかない操作で、ギアをどんどん上げていく。その度に、ドキューンッと100メートルずつ跳ね上がった。
「おーっ!」そんじょそこらのジェット・コースターなど目じゃない。
 気づけば、街をはるか下に望みながら猛スピードで飛んでいた。

 とりあえず、東に向かって飛ばしてみる。この場合の「飛ばす」は、文字通りの意味だった。
 凄まじい風圧を感じながらも、このうえなく爽快である。やがて太平洋に出て、しばらくの間どこまでも広がる海の上を突き進む。

 そのうちに島影が見え始めた。頭の中の地図ではハワイ辺りだったが、それにしては大きい。島というより、大陸といった方が正確かもしれない。
「もしかすると、噂に聞く『ムー大陸』かもしれないな」胸が熱くなった。これまで誰も発見できなかったのに、いまさっきディスカウント・ショップで衝動買いした「空飛ぶバイク」で、あっさりと行き着いてしまったのだから。

 ギアを徐々に落としていき、ふわりと大陸へ降り立った。
 バイクを町外れに停め、しっかりとハンドル・ロックする。盗難にでも遭ったら大変だ。

 町並みは、阿佐ヶ谷辺りとほとんど見分けがつかない。気がつかないうちにUターンして、日本に戻ってしまったのではないか、そう勘違いしたほどだ。
「あの、ここって、『ムー大陸』で合ってますよね?」通りを歩く人に尋ねてみる。
 買い物帰りの主婦らしい人が、親切に答えてくれた。
「ええ、そうですよ。あの有名な『ムー大陸』なんです。あらあら、とうとう外国の方に見つかってしまったわね、ほほほ」

 商店街を歩き回るうち、耳寄りな情報を入手する。
 この国では、「働けるのに働く気のない者」、「自分さえよければいい者」、それに「人が見ていなければ、何をしてもいいと考えている者」に、「特別配給」が支払われるというのだ。
「でも、それっておかしくないですか?」わたしは言う。
「そう?」噴水広場でつまらないパフォーマンスをしていた大道芸人が絡んできた。「もらえるんもんをもらって、いったい何が悪いのかなあっ?」
 そう言われると、こちらとしても返す言葉がない。

 だったらわたしも、その「特別配給」というのを受けておこうかな。そう考え直した。
 
 それにはまず、国籍を取得しなくてはならない。
「国籍を取るには、どこへ行ったらいいんですか?」大道芸人に聞いた。
「ああ、それなら、そこの角を曲がってすぐのところに役場がある。17番窓口が確か、外国人登録受け付けになってるよ」
「ありがとうございます」

 立ち去ろうとしたわたしを、大道芸人が呼び止める。
「『特配』はいいもんだけどさ、1つだけ気をつけなくちゃならないよ」
「はい、なんでしょう?」
「タンメン好き?」と大道芸人。
「ええ、そりゃあもう」思い浮かべただけでお腹がぐう~っと鳴る。
「残念だな、食うの禁止なんだ」
「はっ?」
「配給をもらってる者は、あれ食っちゃいけないことになってんだよ。『お前に食わせるタンメンはねえ法』ってのがあってな」

「タンメンが食べられなければ、何を食べたらいいんですか?」わたしは食ってかかった。
「心配するな。代わりにウレタン麺が出てくるよ」
 どんぶりに入ったウレタンの麺を想像し、ぶるっと身を震わせる。
「じゃあ、やっぱり『特別配給』なんかいらない。それに、この国はもうたくさんっ!」
 わたしは街を後にすると、「空飛ぶバイク」に乗って、もと来た空へと飛び立った。

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