
二段ベッドの冒険
倉庫かと勘違いするような大広間だった。薄暗く、しんと静まり返っている。
すうすうと寝息がするので目を凝らすと、一面に布団が敷いてあり、たくさんの人が横になっていた。
起こしては気の毒だと思い、抜き足で部屋を横切っていく。
掛け布団から足がはみ出しているのに気づかず、うっかりと踏んづけてしまった。
「あいたたっ!」暗がりの中で悲鳴が上がる。
「す、すいませんっ」わたしはびっくりし、平謝りに謝った。周辺からも、ぶつぶつというさざめきが湧く。
「次から気をつけてくれればいいさ。おやすみ――」そう言うと、再び寝息を立て始めた。
わたしはいっそうの注意を持って先を進んでいく。行けども行けど寝床は続き、いっかな果てがないように思えた。
布団の敷いてない所はないものかと辺りを見渡せば、薄明かりのなか、ぼんやりと梯子が見える。
寝ている者をまたいだりよけたりしながら、やっとのことで梯子のそばまでやって来た。見あげても真っ暗で、何も見えない。ゴー、ゴーと風の唸るような音がだけが響いてくる。
「何があるんだろう。とにかく、上がってみるしかない」1段、1段、わたしは用心して登った。上に行くほど、音は大きくなっていく。
10メートルはあったろうか。梯子は唐突に終わり、荒野のような景色が開けた。
ゴー、ゴーという低音は、いまや振動となって地面を揺らしている。どうやら、向こうに見える暗赤色の山がその源のようだ。
山は絶えず上下していて、それに合わせるかのように無気味な轟音を発している。
「あの山、まるで呼吸をしているみたいだ」わたしはつぶやいた。
「あれは巨人じゃ」いつからいたのか、傍らに僧侶が立っている。
「巨人ですか?」わたしはオウム返しに言った。
「さよう。ここは二段ベッドの上でな、あやつは1億年前に、下の寝床から上がってきて、以来、ずっと眠っておるのじゃ」と僧侶。
「ずいぶんとまた寝坊助ですね。いつになったら起きるんですか?」
「空が落ちてきたときか、それとも時が歩みを止めたときか……。それは、わしにもわからんのう」
「わたしは、これからどこへ向かえばいいんでしょう?」僧侶に尋ねてみた。
「わしについてくるがよかろう」
そう言うと、先に立って歩きだす。わたしはその後ろに従った。
巨人の頭部を回り込むように、僧侶は進路を定めた。脇を通りかかると、それは凄まじい爆音が轟く。火山が噴火でもしているかのようだった。
巨人の山を反対側へと越えると、あとはひたすら平地をさすらう。
もともとはリンネルだったはずの大地だが、長い年月でホコリをかぶり、すっかり砂漠の様相を呈していた。
「ここまでやって来ると、さすがに寝息も静かですね」わたしは言った。
「わしなぞ、日ごろ聞き慣れておるせいか、ちと寂しいが」僧侶は、かっかっかっ、と笑う。
「旅はまだ続きそうですか?」わたしは聞いた。
「もう、ほんのわずかじゃ。ほれ、あそこに何が見える?」
僧侶の指し示す先をじっと見つめる。地平線かと思えたが、遙か手前で砂漠がスッパリと途切れているのだった。
「ああ、断崖ですね。すると、あれが二段ベッドの果てですか」
「梯子を降りていくのじゃ。あとは、一本道だから迷うまいて」僧侶が答える。
「あなたは来ないのですか?」
「いつまた、お前さんのような者が来ないともかぎらんでな。二段ベッドの上で待つとするよ」
「ありがとうございました」わたしは一礼をした。
「達者でな」
梯子を降りていくと、狭い通路へと出る。僧侶の言った通り、まっすぐ伸びる道だった。
遙か向こうには懐かしい光が見える。まだ、点のような輝きだが、そこに描かれたマンダラを、わたしはすでに読み始めていた。