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笹カマボコの世界

先だって、友人の志茂田ともるから笹カマボコをもらった。仙台へ出張に行ったおり、お土産として買ってきたくれたのだ。
 近所のスーパーなどでたまに買うこともあるけれど、本場の笹カマボコはやっぱり別格である。家族5人、晩のテーブルであっという間に消えてしまった。
「おいしかったなぁ。使ってる材料が違うのかな、それとも練り具合かな」ベッドに寝そべりながらそんなことを考えていると、スマホが鳴る。志茂田からだ。
「あ、志茂田。この間は笹カマ、ごちそう様。みんなで、あっという間に食べちゃった」
「いいえ、どういたしまして。笹カマボコ、そんなに気に入っていただけましたか」
「うん、スーパーなんかで売ってるのとは、全然違う。すっごく、おいしかった」お世辞抜きで言った。
「でしたら、行ってみませんか、笹カマボコの世界へ。実は、その件でお電話差しあげたのですよ」志茂田が誘いかける。
 笹カマボコの世界だって?

「あのう、志茂田。それって、デパートか何かの物産展?」わたしは尋ねた。
「そうではありません。文字通り、『笹カマボコの世界』ですよ、むぅにぃ君」そこまでお汁粉を食べに行きましょう、とでもいうような軽い口調だ。
「行きたいとは思うけど、ちゃんと戻ってこられるの? どっか、よその星とかだったら、ちょっとスポーツ店まで行って、宇宙服買ってこなくっちゃね」
「そんな皮肉を吐く必要などありませんよ、むぅにぃ君。大げさなことではないんです。なぜなら、そこはこの世界と重なり合った次元なんですからね」
 異次元って、そんな。かえって、宇宙のほうが身近に思えるんだけど。
「うちに来る? それとも、そっちへ行こうか」とわたし。「まあ、一応、話だけでも聞こうかなっ」

きっかり30分後、志茂田が訪ねてきた。
「さあ、さっそく始めましょうか」志茂田はバッグを下ろすと、中からCDプレイヤーを取り出し、いそいそとセッティングを始める。
「なんだ、音楽を聴くのかぁ」わたしはいくらか拍子抜けがした。
「特殊な周波数を組み合わせた音源ですよ。さあ、楽な姿勢で座って下さい。そして、音楽に集中して下さい」
 志茂田とわたしは、向かい合うようにしてあぐらをかく。よくある瞑想だが、これと笹カマと、いったいどう繋がるのか、見当もつかなかった。
「笹カマボコを山盛り食べる夢とか観せられるの?」
「むぅにぃ君、これは催眠術ではありませんよ。異次元への扉を開き、束の間の旅を試みる手段です。では、目を閉じ、3度ほど深呼吸をして下さい。ゆーっくり、そう、ゆーっくりとです」
 言われた通り、目をつぶり、スーッ、ハーッ、と呼吸を整える。ピッと再生ボタンを押す音がした。タンプーラの、なんだか眠くなるような音楽が流れてくる。

弦の揺れ動く音に混じって、何やらコブシの利いた歌が聞こえてきた。
「笹にぃ~ひっついたぁ~~あ~ん、カマ~ボコぉ~~、それがぁ~笹ぁかまぁ~あん、あ~ん」
 その節が、延々と繰り返される。いつしか、わたしはその歌詞に耳を傾けていた。
(なるほどなぁ、笹にひっついてるから笹カマか)当たり前のことが、いまは深い理となって心の中にこだまする。
 だんだんと意識が遠のいていく。けれど、言葉にならないほど心地よかった。体から魂が離れ、それこそ別世界へ昇っていくような気がする。
 どこからか懐かしい声がした。どうやら、わたしを呼んでいるらしい。
「……君、むぅにぃ君――」志茂田だった。わたしの肩を揺すっている。
「あ、志茂田。いつの間にか眠っちゃってたみたい」わたしはあぐらをかいたまま、背伸びをした。ふと、そこが自分の部屋ではないことに気付く。「あれれっ、ここはどこ?」

「着いたのですよ、『笹カマボコの世界』へ」そっと、教える。
 初め、水辺にいるのかと思った。立ち並ぶ無数の棒杭が、水柱に見えたのだ。
 そうではなく、ジェル状の物質が地面から突き出ていて、その柱に灰色がかったカマボコが巻き付けられている。
「これってば、笹カマの林?!」立ち上がると、ちょうどわたしの背丈くらい。笹カマボコと笹カマボコの隙間からうかがう限り、どこまでも広がっていた。
「ご覧なさい。それぞれ1本ずつに見える笹カマですが、水色の支柱はすべて繋がっています」志茂田が説明を始める。「いいですか、すべてです。ここ『笹カマボコの世界』のみならず、わたし達の世界を含む、あらゆる次元と地続きとなっているのです」
「そうなんだ……。なんだか、この世の中は笹カマの支柱で出来てる気がしてきちゃった」わたしは、軽いめまいを覚えた。
「むぅにぃ君、わたしが言わんとしていたのは、まさにそれなのですよ」志茂田の弁に熱が入る。「板カマボコと同様、笹カマボコも、1枚板なのです」

支柱の上にくっついたカマボコを、わたしはガブリと囓ってみた。
「ああ、やっぱできたての笹カマはおいしいっ」
「そうでしょう、そうでしょう。それらも、元々は支柱でしたが、先端からカマボコに変容していくのですよ。ついには、『全体』から切り離され、『個』としての存在になるわけですね」
「そっか、カマボコって、集合体から分かれたものなんだ」なんとなく、わかったつもりになる。
「どれ、わたしも1口いただきましょうかね」志茂田も、手近なところから笹カマボコをちぎり取って、モグモグとやり始めた。「うむ、天然物の笹カマは、やはり美味ですねえ。こいつを食すると、養殖物の笹カマなど、ゴムでも噛んでいる気になります」
「味がしつこくないところがいいんだよね。潜在的な塩加減というか、太古から染みてきた旨みというのか」
「ぷうんと漂うこの香りだけで、わたしなど、膳が1杯進みますよ」
「この原いっぱいの笹カマ、残らず食べられそう」
 あながち比喩でもなく、そう思った。


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