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ジャンク・ショップへ寄る

 わたしのママチャリには変速機がついていないので、坂を上り下りするのが億劫だった。一緒に走っていた志茂田ともるは、とっくに先へ行っていて姿さえ見えない。
「はぁはぁ、ちょっとくらい待っていてくれたっていいのに」わたしは息を切らし、公園脇の木陰で一息をついた。

 公園のベンチでは、ともに小太りの青年が2人、並んでハンバーガーをほおばっている。
「あと少しで9時になるな」メガネをかけている方が、もういっぽうに話しかけた。
「うむ。そろそろ向かうか、『ジャンク・小松』へ」
「そんじょそこらじゃお目にかかれない、ワンダホーなお宝ちゃん、待ってておくれ」
「自分、今日はこいつで存分に買いまくるつもりだ」メガネをかけていないほうが、懐から札束を取り出す。100万円はあるだろうか、かなりぶ厚い。
「おお、大奮発だな。さあ、行くとしよう。赤さび色のビルへ」
「行こう、行こう。田んぼの真ん中に立つビルへ」
 2人は足並みそろえて歩いていった。

「なんだか、面白そう。志茂田も誘って、ちょっと寄ってみようか」
 わたしはペダルに足をかけると、大急ぎで走る。
 志茂田は、3っつ目の交差点の先でわたしを待っていてくれた。
「遅いですよ、むぅにぃ君」50万円もするロード・バイクにまたがり、余裕たっぷりに言う。
「無茶いわないでよ。こっちなんて、ママチャリなんだから」喘ぎながら言い返した。「それより、面白そうな店があるって情報をつかんだんだけど、行ってみない?」
「ほう、どんな店です、それは」
「珍しい物ばかり売ってるんだって。田んぼの中にあるビルだっていってたから、たぶん、あそこかな」この辺りで田んぼのある所といったら、1箇所しかない。
「いいでしょう、行ってみますか」志茂田はハンドルを握り直した。
「今度は、置いていかないでね」わたしは釘を刺す。

 田んぼのあぜ道は、結構な人が行き来していた。その先に、赤さび色をした5階建てのビルが1棟、ぽつんと建っている。
「あ、あれだよ、きっと」わたしは指差した。
「この先は歩いていくよりなさそうですね。自転車はここに置いていきましょう、むぅにぃ君」
 わたし達は自転車を降り、あぜ道を歩きだす。
 田んぼに足を踏み外さないよう気をつけながら、店にたどり着いた。そこはジャンク屋だった。
「店先に置かれた、このフィルターみたいなの、なんだと思う?」39万円という値札が付いている。
「これは自動車のラジエーターですね。見たところ、ボロボロで役に立ちそうもありませんが」志茂田は言った。
 ほかにも、冷蔵庫やコタツ、ガチャポンのカプセル、針の飛び出した目覚まし時計など、ゴミのような物ばかりが積み上げられている。

「どう見たって、くずもの屋だよね。それどころか、粗大ゴミ置き場といってもいいくらい」早くも、わたしの興味は薄れていった。
「いやいや、むぅにぃ君。そんなことはないですよ、どれもこれも魅力いっぱいじゃありませんか。お宝ですよ、お宝っ!」志茂田の目がいつになくキラキラと輝いている。
 もう1度回りを見渡した。液晶が蜘蛛の巣状に割れたiPadが278万円、5枚あるうち2枚までもが欠けてなくなった扇風機が123万円、14インチのブラウン管式テレビに至っては、なんと1千万円という値が付いていた。
「これって、どう考えてもぼったくりじゃないの?」わたしは志茂田に向かって異議を唱える。

「むぅにぃ君。あなたにはわからないのですか、この素晴らしい品の数々が」志茂田はわたしの言葉にまるで耳を傾けようとはしなかった。「決めました。わたしは、あそこの電気ストーブを買うことにします」
 ヒーターが破損して、中のニクロム線がツル植物のように外に飛び出している。
「あんなの買ってどうすんのさ。12万円もするよ。それに、いまは夏じゃん。見てるだけで暑苦しいよ」わたしはなんとか止めようとした。
 けれども志茂田の決意は、65万円もするそこの漬け物石のように固かった。

 カード払いで買った壊れた電気ストーブを、オマケでもらった荒縄で背中にくくりつけ、さっそうとロード・バイクにまたがる。
「いい買い物をしましたよ。それもこれも、あなたがあの素敵な店を教えてくれたおかげです」志茂田は愛おしそうに電気ストーブを後ろ手になでた。
「ほんとに良かったの? そんな物を買っちゃって」わたしが心配そうに言うと、
「いいも悪いも、むぅにぃ君。わたしは大満足なんですよ。それよりも、あなたこそ、1番奥の棚にあった、30年ものの鯖の缶詰(360万円)を買うべきでしたねぇ。きっと、お似合いだと思うのですが」
「そ、そう? 似合うかな……」
 内心、冗談もほどほどにして欲しい、と呆れ返っていた。

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