10.禁断の扉

「わたしがカゼをひいている間、こんな素敵な冒険をしていたのねっ」すっかりよくなったリシアンは、ゼルジーから聞いた物語をノートに書き記している最中だった。
「まさか、パルナンが一緒に『グリーン・ローズ』を探してくれるとは思ってもみなかったわ」綴られていく文字を眺めながら、ゼルジーもうなずく。
「まあね、ぼくだっていつも悪さばかりしているわけじゃないさ」少し照れながら、パルナンが答えた。
 空想の記録をすっかり書き終えると、リシアンはトンと鉛筆を置く。
「さあ、いいわ。次の冒険に出かけるとしましょう」
「今日はどこの国へ行く?」ゼルジーが聞いた。
「これまで、いろんなところに行ったわよね。すぐには思いつかないわ」
「とりあえず『木もれ日の王国』へ行って、それから決めない?」パルナンが提案する。 一同はそれに賛成し、行き先も考えず、順にうろの中へと入っていった。

〔「グリーン・ローズ」のおかげで病を克服したリシアン女王は、さっそくゼルジーを呼んだ。
「陛下、もうご加減はよろしいんですか?」心配性のゼルジーが気遣う。
「ほら、この通りよ。さ、ゼルジー。どこか冒険に出かけましょ」
 すると、いつからいたのか、パルナンが戸口でクスクスと笑った。
「ついこの間まで、死んだように眠っていたのになあ。無理をすると、またぶっ倒れちまうぞ」
「まあっ、パルナン」リシアン女王は顔を赤くして怒る。「確かにあんたには恩があるわね。だからといって、勝手に城の中へ入っていいってことにはならないわ」
 パルナンはフンと鼻を鳴らした。
「なあに、おいらは恩着せがましいことなんか言わないさ。それよか、まだどこの国へ行くか決めてないんだろ? だったら、いいところを教えてやるよ。そこには、すげえ秘密が隠されているんだ。知りたかないか?」
「どこよ、それって?」ゼルジーは聞き返す。
「13番目の扉の向こうさ」パルナンが答えた。ゼルジーとリシアン女王は表情をこわばらせる。
「だって、あれは禁断の扉でしょ?」リシアン女王は恐ろしそうに言った。
「そうよ、いままで誰も開けたことがないのよ」
「なぜ、禁断の扉になっているのかわかるか? それはだな、世界中の金銀財宝がそこには集められているからなんだぜ」パルナンはそう断言する。
「そんな話聞いたこともないわ。ゼルジー、あなたは知ってた?」
「いいえ、女王様。わたしも初めて聞きました」ゼルジーは首を振った。
「どうだい、ちょっくら覗いてみないか? 宝を見つけたら、ほんのちょっとでいい、おいらにも分け前をくれよ」
 ゼルジーとリシアン女王は、どうしようかというように顔を見合わせる。
「あんたには借りがあるんだわね。本当に宝物があるのだとしたら、好きなだけ持っていっていいわ」リシアン女王は折れた。
「陛下、あそこには何があるかわかりませんよ。パルナンの言うことに耳を貸してはいけません」ゼルジーはそう忠告する。けれどリシアン女王は、
「大丈夫よ、ゼルジー。危ないとわかったら、すぐに扉を閉めてしまえばすむことですもの」と、取り合わなかった。後になって、悔やむことになるとも知らずに。
 女王の命令とあれば、ゼルジーも従うよりなかった。3人は「扉の間」へ出向き、13番目の扉の前に立つ。
「陛下、本当に開けてよろしいんですね?」ゼルジーは改めて念を押した。
「ええ、開けてちょうだい」
 ゼルジーは、首から下げた黄金の鍵を外すと、その鍵穴に差し込む。
「お宝が、たんとあるに違いない」パルナンは両手をこすりながら、ほくそ笑んだ。
 全員が見守る中、ゼルジーは恐る恐る扉を開いた。
 見渡すかぎり岩ばかりの荒れ地だった。地平線の彼方まで続いている。
「まあ、これが財宝だというの?!」リシアン女王は、呆れたように言った。
「そんなはずはっ」パルナンは荒涼とした大地に足を踏み出す。「どこかにあるんだ。岩の陰とか、地面の下とかにさあ」
 ゼルジーとリシアン女王もあとに続いて辺りを見回すが、砂と岩のほか何もなかった。
「こんなことだろうと思ったわ」リシアン女王は溜め息交じりに言う。
「でも、何事もなくてよかったですわ」いっぽうのゼルジーは、ほっと胸をなで下ろすのだった。
「ちきしょー、西の森のフクロウのやつ、おいらにデタラメを吹き込みやがった。あいつがそう言ったんだ、『禁断の扉』の向こうには、まばゆいばかりのお宝があるって」パルナンは悔しそうに地団駄を踏む。
「パルナン、約束だったわね。どの岩でもかまわない、好きなだけ持っていっていいわよ」リシアン女王は、皮肉たっぷりに言った。
 パルナンはリシアン女王を睨み付けたあと、ちっと口を鳴らして小石を蹴っ飛ばす。
 そのときだった。空を雲がおおい、ひんやりとした空気に包まれた。雷鳴が響き渡り、どす黒い霧が舞い降りてきて、たちまち人の姿となる。
「おい、なんかやばそうだぞっ」とパルナン。
「確かに。どう見てもいいものじゃないわね」リシアン女王も同意する。
「はやく、扉の外に出ましょう。急いで鍵をかけなくっちゃ」ゼルジーが言い、3人そろって扉を目指し走り出した。
「もう遅いわっ」黒い人物が叫ぶ。「われこそは魔王ロードンである。お前達、よくぞ封印を解いてくれた!」
 地の底から轟くような、恐ろしい声だった。
「聞いたことがあるぞ」パルナンがつぶやく。「大昔、『木もれ日の王国』を暗闇の世界に変えた大魔法使いがいたんだ。そいつの名前がたしか、ロードンだったはず」
「なんてこと!」リシアン女王は叫んだ。
「ああ、大変なことになってしまったわ。やはり、『禁断の扉』を開けてはならなかったのよ」
 ここでパルナンは思いがけない行動に出た。魔王を前にし、大見得を切ったのだ。
「目覚めたばかりのお前なんか、このおいらの火の魔法でいちころさ!」そう言うと、指をパチンと鳴らす。
 魔王ロードン目がけて、火の玉が飛んでいく。けれど、その体に触れるか否かのところで水の壁が出現し、瞬く間に炎を消し去ってしまった。
「わたしがやるわ」リシアン女王は、木の呪文を唱える。何十本もの若木が辺りに生えだし、水を吸い取ろうと根を伸ばした。
 魔王は周囲に炎をめぐらせ、木を1本残らず焼き尽くしてしまう。彼は火の魔法も使えたのだ。
「火には水だわ」ゼルジーが杖を振るう。水の竜巻が魔王を包み込み、決着がついたかに見えた。ところが、その竜巻がみるみる弱まっていくではないか。なんと、魔王の周辺に大木が立ち並び、防護壁になっているのだ。
「とんでもない奴だぞ、あいつ」パルナンは唇を噛む。
「わたし達のどの魔法も効かないわっ」リシアン女王もここに至って、初めて魔王ロードンの恐ろしさに気付いた。
「われは、再び『木もれ日の王国』に闇をもたらそう。すべての国を手中におさめようぞっ」魔王は声高に言い、耳障りな笑い声とともに黒い霧となって扉の外へ出て行った。
「わたし達の国はもう、おしまいだわ」リシアン女王は絶望にうちひしがれる。ゼルジーもパルナンも、まったく同じ気持ちだった。〕

 桜の木のうろから出るなり、ゼルジーは口を開いた。
「どうするのよ、パル。あんな強敵なんか呼び出したりして」
「でも、勝つ方法はあるんでしょ? そうよね、パルナン」
 パルナンは困惑しきった様子で口ごもる。
「成り行きでああなっちゃったんだ。どうしたらいいのか、ぼくにだってわからないよ」

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