雲を食べる者

貿易会社経営を経て現在は投資家です。西洋近代哲学と宗教思想を研究しています。日本哲学会…

雲を食べる者

貿易会社経営を経て現在は投資家です。西洋近代哲学と宗教思想を研究しています。日本哲学会で発表経験があります。

最近の記事

時間への問い3 共同体OSとしての時間とマルクスが見落としたもの

  再びヘーゲルに聞く  前回の議論では、「今」と「ここ」という意識はニュートンの絶対時間が主観の中に示現した状態であると考えられた(注)。ここでまたヘーゲルに立ち返らねばならない。  ヘーゲルを語る場合は『精神現象学』とその後の哲学体系との区別と連関が重視される。  『精神現象学』では、「今」と「ここ」に始まる感覚的確信は共同体において自己意識になるとされる。自己意識は自己の存在を感覚するのみならず、自己の限界や否定的な面も感じるようになる。それによって自己の感覚が外界の

    • 時間への問い2 相対性理論の「今」

        相対性理論の「今」  ヘーゲルの世界は感覚的な確信である「今」と「ここ」から始まる。先ずは時間について説明しよう。空間については改めて述べる。  「今」は主観的な意識状態だが、その主観が客観的世界では自他に共通する「時」として存在しているのである。  にわかには信じられないかもしれないが、客観的世界の時間は、個々の人間の「今」という主観によって作り出されているのである。アリストテレス的に言えば主観的な「今」が客観的な時間の形相因ということである。  更に言えば、客観的な

      •   日本刀 欠点修整の超絶技巧

         日本刀は鋼を折り返し鍛錬して作るので、地鉄にどうしても鍛え割れやふくれといった疵が出やすい。それらの疵は武器として使う分には問題ないが、美術品としては嫌われる。そこで疵を隠すために埋鉄(うめがね)という加工を行うことがある。疵の部分を削り取り、そこへ別の鉄を埋め込むのである。虫歯治療と同じ要領だ。高度な埋鉄になると、埋め込む鉄も地鉄に合わせて鍛えた物や、同じ作者の刀から切り取った物などが使われ、専門家でも見抜くことが困難である。  しかし埋鉄では、もっと大きなな疵、深い朽ち

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        • 時間への問い1 蘇るニュートン

           時間とは何かを考えることは時間の無駄かもしれない。しかしこれほどエキサイティングな時間もない。     蘇るニュートン  世の中には様々な時間がある。  幾何学では二次元化された抽象的な量。古典力学では物理的な量。  熱力学ではエントロピーの増大。  相対性理論では時間と空間を一体として捉えた時空の曲率。  量子力学ではプランク定数を最小単位とした波動関数。  それらはいずれも時間を計測可能な量として捉えている。  ニュートンの絶対時間は相対性理論によって否定されたとさ

        時間への問い3 共同体OSとしての時間とマルクスが見落としたもの

          刀鍛冶左行秀の拳銃

           片岡銀作『左行秀と固山宗次その一類』より。  新々刀期の名匠として名高い左行秀は鉄砲鍛冶でもあった。安生3年(1856年)5月12日、鉄砲鍛冶及び刀鍛冶として、土佐藩山内家に抱えられている。そこで行秀は50人以上もの職人を使っていたという。(上掲書P.13)  行秀の刀の作風は地鉄と沸の美しさに特徴があるが、刃紋は画一的な直刃が多い。刀も実際には配下の職人が作っていたのかもしれない。  日本における鉄砲作りの技術は天文12年からあり、行秀は上掲図のような短筒型の拳銃も作っ

          刀鍛冶左行秀の拳銃

          『日本刀に宿るもの』完

              希望の朝  一樹は庭で鬼神丸の刀を手に取り、日の光の中でその輝きを確かめた。その刃紋は一層鮮やかに、まるで新たな生命を得たかのように輝いていた。  その時、妻の美咲が庭に出てきた。彼女は一樹の側に寄り添い、穏やかな微笑みを浮かべた。  「鬼神丸がこんなに美しく輝くなんて。本当にすごいわ」  一樹は妻の言葉に応え、深い感謝の念を込めて彼女を見つめた。  「ありがとう、美咲。君がいてくれたから、僕はこの刀の謎に挑むことができたんだ」  美咲はそっと一樹の手を

          『日本刀に宿るもの』完

          『日本刀に宿るもの』9

            鬼神丸と向き合う  日本刀作りと杉田の教えにより、精神的に成長した一樹は、鬼神丸信俊の刀と本格的に向き合う決意を固めた。自宅に戻った彼の心に、迷いはなかった。  「これからが本当の始まりだ」  その朝、一樹は自室で鬼神丸を取り出した。朝の光りの中で、刀身が静かに輝く。その刃紋は嵐の前の入道雲のように見えた。  一樹は杉田の教えを思い出していた。  「刀は持ち主の心を映し出す鏡のような存在だ。お前は私に何を伝えたいのか?」  心の中で問いかけると、一樹はあるビジ

          『日本刀に宿るもの』9

          『日本刀に宿るもの』8

            名刀とは何か  数週間が過ぎると、一樹の心には少しずつ変化が現れ始めた。杉田の道場で学ぶうちに、彼の心は不安から解放され、日本刀に対する新たな視点と深い敬意を抱くようになった。  ある日、杉田は一樹に一振りの短刀を見せた。それは杉田の常の作風とは違い、穏やかな直刃だが、地鉄は秋の水のように透き通り、精霊のように美しかった。  「この短刀は、私が自分の守り刀として作ったものです。この短刀を見て、何か感じることはありますか?」  一樹はその短刀を手に取り、その純粋さに

          『日本刀に宿るもの』8

          『日本刀に宿るもの』7

            鍛練場ー道場にて  杉田善昭の鍛練場を訪れた一樹は、そこが単なる作業場ではなく、聖域のような場所であることを感じ取った。道場である。神棚が祭られ、壁には古今の名刀の押し型が整然と貼られている。そこには杉田の長年の努力と情熱が凝縮されていることが一目でわかった。  杉田は一樹を迎え入れ、道場の奥にある作業台の前に座らせた。  「まずはあなたの刀を見せてください」  一樹は鬼神丸を取り出し、杉田に手渡した。彼は慎重にその刀を見つめ、細部まで注意深く観察した後、深く息を

          『日本刀に宿るもの』7

          『日本刀に宿るもの』6

            運命の出会い  一樹はさらなる手掛かりを求めて、各地の古書店や刀剣展覧会を巡っていた。    その展覧会は東京の大規模な美術館で開催されており、多くの刀剣愛好家たちが訪れていた。古刀から現代刀までの名品を集めた一大イベントである。一樹もその中に混じり、展示されている刀剣の数々を見て回った。  一樹が現代刀匠の作品が展示されているコーナーに足を踏み入れた瞬間、その場の空気が変わったように感じた。目の前に展示されている一振りの刀は、他の刀とは一線を画した美しさと力強さを放

          『日本刀に宿るもの』6

          『日本刀に宿るもの』4

               鑑定家の話  静岡の歴史資料館を訪れた後、一樹は鑑定家の増田修司を訪れた。増田は鑑定家であるに止まらず、日本刀全般について該博な知識を持っていた。  「増田先生、鬼神丸信俊の刀は妖刀なのでしょうか?」  増田は慎重に考えた後、静かに語り始めた。  「鬼神丸信俊は非常に優れた刀鍛冶であり、彼の作品はその美しさと切れ味で多くの人々に感銘を与えました。しかし、彼の生涯は波乱に満ちており、その苦悩が彼の刀に影響を与えたと言われています。彼が作り出した刀の中には、そ

          『日本刀に宿るもの』4

          『日本刀に宿るもの』3

            調査  一樹はまず、信俊について調べることにした。彼は各地の古書店や資料館を訪ね歩いた。刀剣に関する文献を読み漁り、専門家たちに話を聞くことで、何かを得ようとした。  一樹は埼玉にある古書店刀夢を訪れた。そこには、日本刀に関する希少な書籍や資料が数多く揃っており、一樹の探し求める情報が見つかるかもしれないと思ったのだ。  店主の山田は、一樹の熱心な姿勢に感心し、貴重な資料を見せてくれた。  「この書物には、江戸時代に活躍した刀鍛冶の記録が載っています。あなたが持つ

          『日本刀に宿るもの』3

          『日本刀に宿るもの』5

              魔境  一樹が鬼神丸を手に入れてから数か月が過ぎた。彼の周囲で起こる不可解な出来事は増え続け、彼自身の心にも変化が現れ始めた。夜になると、眠れない日々が続き、奇妙な悪夢に悩まされるようになった。夢の中で、彼は刀を振りかざし、何かから逃げ惑う自分を見ていた。  「この刀、やっぱり手放した方がいいのかな?」  一樹は自問自答しながらも、鬼神丸の美しさに魅了されていた。彼はこの刀に宿る力の謎を解き明かしたいという思いから、手放すことができなかった。  そんなある日

          『日本刀に宿るもの』5

          『日本刀に宿るもの』2

            妖刀  不吉な予感を抱えながらも、一樹は鬼神丸信俊の魅力に引き込まれていった。夜になると、鬼神丸を手に取り、その激しい地刃を鑑賞することが習慣となった。すると、手にするたびに、心の奥底から何かが囁くような感覚が広がった  最初の兆しは小さなものであった。  ある晩、一樹が刀を手にしていると、手のひらに小さな切り傷ができていることに気づいた。最初は油を拭き取る際にうっかり刃に触れてしまったのだと思っていたが、その後も同じことが繰り返されるようになった。刀を見つめるだけで

          『日本刀に宿るもの』2

          『日本刀に宿るもの』1

           この物語はフィクションであり、実在の個人、団体、刀剣とは無関係である。    あらすじ  愛刀家である田中一樹は、日本刀の美しさとその歴史に深い敬意を持っている。ある日、刀屋で奇妙なオーラを放つ刀を手に入れ、その刀が彼の心に不吉な感情をもたらすようになる。妖刀の謎の解明に挑む一樹は、伝説の現代刀匠と出会い、名刀とは何かを学ぶことになる。   刀への愛   東京の繁華街から少し離れた街並みに、ひと際目を引く一軒の刀屋があった。想剣堂というその店は、日本刀を専門に扱って

          『日本刀に宿るもの』1

           日本刀にまつわる不思議な話

           刀が祟るという事はないと思うが、日本刀は見る者の意識に強い影響を与えるのは確かだ。  刀に興味がない人でも博物館で日本刀を見ると引き込まれるような気がすると言うし、そもそも芸術には人の意識を日常とは別の次元に導くという目的がある。また近年、光の点滅が脳に影響を与え、気分が悪くなったり癲癇の発作を起こしたりする事例が知られるようになった。古くは催眠術において、宝石や万華鏡のようなキラキラ光る物体を長時間見つめていると顕在意識の働きが弱まり、潜在意識が優位になるという事がよく

           日本刀にまつわる不思議な話