SIerの営業マンがWebエンジニアに転職するために読んだ連読三冊
私はSIerの営業マンをしていたが、もともと開発上がりなので実際はソースコードを書いたりAWSの設計をしたり情報技術的な機械いじりをするのが好きな人間だ。
新卒のときなぞIT業界の構造を全く理解しておらず「情報産業を看板にしている会社にいけばどこだってプログラミングくらいできるだろう」とのんきにかまえていた。元請けとなる典型的な日系SIerに就職した私は「あなたはいろんな部署を渡り歩いてこの会社に詳しくなってください」というメンバーシップ型雇用の方針に従い言われるがまま異動をしていた。
このままじゃやりたいことはできない。
会社に詳しくなったところで、市場価値があるわけじゃない。
そう考えて転職をしようと左見右見するのだが、目の前の業務しかやってこなかった愚かな私には、転職しようにもどこにどんな会社があるのかを知ることも理解することもできなかった。
・世の中にはどのようなIT企業が存在するのか。
・IT業界にはどのような職種がいて、どのようなスキルが求められているのか。その職種の初級と上級ではどのように求められることが異なるのか。
・現在所属している自分の会社はIT業界でどのような立ち位置にいるのか。あるいはどのようなキャリアパスを持っていて、それは別のタイプのIT会社とどのように異なるのか。
こういったことをさらっと説明できるくらいの知識を得なければ、転職エージェントに登録したとしても職選びができやしない。知識を得るなら書店が一番と断固として主張している私が買い込んだ書籍群から、三冊を選書した。
1.池上純平『完全SIer脱出マニュアル』C&R研究所
表紙もタイトルもファンキーな一冊だが、中身は至極真っ当である。もともと技術同人誌として発売されていたらしいが、好評につき書籍化されたそうだ。余談だが技術同人誌即売会とはオリジナルな技術書を制作・販売する同人即売会であり、技術評論社の有名シリーズのオマージュな『Serverlessを支える技術』や細かい裏技集のような『Pythonの黒魔術』など、かなりニッチな技術の特集を組んでは同好の士が盛り上がっている。
本書は筆者のために書かれたのではないかと思うほど、SIerあるある事情やSIerという業種のメリット・デメリットについて述べていて、退職エントリと転職活動事例を充実させたような一冊である。
まず著者自身の体験も踏まえて多くのSIerの現状を述べていく。技術系記事を読めば当たり前のように出てくるGitHubやDockerなど現場には影も形もなかったり、コードを書くのが仕事だと思ったら「コードを書く人の管理をする」のが仕事で、その管理は共有フォルダにあるエクセルで似たような名前がずらりとならんでどれが最新ファイルかわからなかったり……。私はこれを読んでいて「自分のような境遇の人は結構いらっしゃるのだな」と感じたものである。
次にIT業界のベンチャーや中小企業などの業界情報が紹介される。確かにベンチャーとスタートアップの違いとか、そういった場所で働く人たちが日々どこを目指しているのかといったことはよくわかっていなかった。その後は転職に向けた具体的なステップの説明だ。カンファレンスに行って登壇者と話してみたりするところから始まり、ポートフォリオを作ってカジュアル面談に行ってみて、最終的に転職を決める。IT屋とくにWeb屋さんの転職市場のセオリーなんてこれを読むまで知らなんだ。
GitHubアカウントを作って対外的に示せる成果物を載せておく、Qiitaに記事を投稿するなど、本書にある具体的な実践例は私の場合すでにやっていた事柄ではあったが、きっと必要だろうと自主的にやっていた実践を戦略的に順番に配置して説明してくれている点がよかった。「いまの職場じゃ技術に触れられないからなんとかしたい!」と思っている人は、早い話が本書に書かれたことを順番に全部実践できればあっという間に転職できる。
2. 志村 一隆『就活、転職の役に立つ デジタル・IT業界がよくわかる本』マスナビBOOKS
全く未知な分野の書籍を購入するとき、私は必ず大規模な書店に赴く。こういう場には、自身の専門の担当書棚を持つ、下手な識者やギョーカイジンより頭の切れる書店員がいると言われているからだ。「IT分野の業界全体の構造、職務職業職種などを網羅的に扱っている書を探している」と言うと困りながらその書店員は二つの書を紹介してくれた。そのうちの一冊が本書だ。
エンジニアリングの観点でみると、本書はあまりにも解説が簡素で情報量が不足している。しかし世の中のIT屋はプログラミングやサーバを立てることだけが仕事なのではない。本書はマーケティングや広告に関するIT業界について解説をしている。そこにはデザイナーも広告代理店と調整をする営業職も存在する。想定読者もITに興味があるが全然わからない新卒の就活中な大学生といった感じがする。
著者はケータイWOWOWの代表取締役を務めたのち情報通信総合研究所を経てヤフーへ行き独立した。なるほどマーケティングや広告畑の人らしい。
スマートフォンという身近な事例から出発して、その先で行われている企業の経済活動の大まかな流れを解説していく。広告業界、マーケティング業界、IT業界は年々垣根が低くなってきているが、そうした業界群の中にどのような名前の職種があり何をしている人たちなのかというのが紹介されていく。ペイドメディア/オウンドメディア/アーンドメディアの違いなど、ただプログラミングを日々勉強しているだけでは耳に入ってこないものだ。後半はグーグルやアップルといったIT界の巨人たちのビジネスモデルを分解し、「会社名はよく聞くけどやってることって何が違うの?」という素朴な就活生の疑問に答えてくれる。
本書で発見があったのは、気になる会社の投資情報を見てみよという最終章である。普段投資活動などしていないので注意深く見ていなかったが、IR情報の欄には会社の状況、来し方と行く末がとても綺麗にわかりやすく載っている。上場していない会社の情報取得方法についても言及があるのが気が利いている。総じて新卒の就活生向けに書かれた本だが、転職するものにも有益だ。
3.豊沢 聡, 大間 哲『情報処理エンジニア職業ガイド―プログラマ・ITエンジニア・SEのためのキャリアデザイン』カットシステム
大規模書店の店員に見繕ってもらったもう一冊が本書である。アメリカの求人情報を片っ端から翻訳して解説をつけたという力作だ。
日本は昭和の世から今に至るまでメンバーシップ型雇用を継続してきた。数年ずついろんな部署を転々としながら、最終的にその会社の幹部となってもらう。終身雇用と年功序列を前提とした家族型経営な採用の仕方、働かせ方はまだまだ変わる気配がない。一方アメリカをはじめとする西洋諸国ではジョブ型雇用が一般的である。特定の職能やスキルにマッチする人材を探すやり方であり、そのスキルの需要が無くならない限り仕事にこまることはない。
ゆえにアメリカの求人情報には必要となる学歴、プログラミング言語、特定の作業の必要経験年数などが明確に打ち出されている。今不足しているポストでどのような業務が具体的に待っているのかということがわかるのだ。このような情報を元に、本書には世の中のIT関連の職種が羅列されている。日本語でSEと読んでいる職種はジョブ型雇用の世界だといくつに細分化されるのか、ITオペレータ、ITシステムオペレータ、IT資産管理オペレータの違いはなんなのか、などがよくわかる。そもそもカタカナ語の肩書きが氾濫する今の日本IT業界は、みんなアメリカから輸入してきた概念やビジネスロジックや事業の方法をそのままカタカナにしている。(あるいはそれを派生させたちゃんぽんな言葉をカタカナで造語している場合も多い。)本書はそうしたカタカナ語の元ネタを探っていくので、職務の名前から想像力が働くようになっていく。新卒向けでもあるだろうが、ある程度情報技術産業に身を置いた人間の方が予備知識や経験が整理されていってためになるだろう。
このような下準備をしつつ、筆者は自分自身の身の振り方を考えるようになった。ここに挙げた三冊はどれもその力となってくれた。結果筆者は転職に成功したが、それはこちらの記事にまとめている。
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