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【小説】面影橋(十五)
例の貧乏楽士に関心を抱いたのは私だけではなかったようでした。腐女子たちの何人かも見かけ、何がしかのインパクトを与えたようで、彼女たちの間で話題になっていました。別段とびきりの美青年ということでもないのですが、その負のオーラとでも言いましょうか、そういうものが否が応でも人の興味を引きつけるのでしょう。中でもてっちゃんという子がご執心でした。
近くの女子大に通うてっちゃんは建築と写真が好きで、うちの傾きかけた洋館アパートと、古い洋書に囲まれた私の女っ気のない部屋を「エモいです~」とか言って撮りまくっていました。洋館風ですが、正確には和洋折衷の珍しい設計だそうです。使っていたのは価格も性能もそこそこのコンデジでしたが、SNSにアップした写真は昭和レトロのそれっぽい雰囲気に見え、センスは良かったと思います。訛りとかが全くなかったので分かりませんでしたが、青森の出身だそうです。外見もオタクをカモフラージュしているのか今どきの若者風で、まあお洒落な部類でした。私はてっきり、鉄オタか、あるいは本当にそういう名前なのかと思っていたのでしたが、哲学科に進学したからそう呼ばれていたようで、ニーチェ萌えを公言しているたわけた腐女子でした。
てっちゃんは貧乏楽士に「びっこの貴公子」と失礼かつ差別的なあだ名をつけていました。私の知っている限りの情報は教えましたが、それがその漂わせている世界観のようなものと相まって、てっちゃんの想像力と創作意欲をいたく刺激したらしく、プロットやらエピソードやらシチュエーションやら、周りの子たちと色々なアイディアを出し合ってぴろ吉先生に提案し、先生もえらく乗り気でした。冬のコミケでは、びっこの貴公子が危機一髪、やられちゃいそうになる新作でも発表されることになるのでしょうか。
結局、ぴろ吉先生は予定を延長して東京での滞在をたっぷり楽しみ、九月の足音が聞こえる頃、早くも秋の気配を漂わせているであろう北海道へと帰りました。私はと言えば、終わることのない残暑に苦しみ続けることになります……。
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