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札束のゆくえ

 彼らの目論見通りにことは進み、彼らはまんまと大金を手にしたのだった。完璧な計画だった。そして、それをもらすことなく実行した。それは芸術的と言ってもいうくらいの仕業。あるいは、彼ら自身にその自覚があり、それによって悦に入っていてもおかしくないほどに。
 しかしながら、それは確かに非合法的な手段で得られたものであった。犯罪と呼んで差し支えないだろう。いや、まごうことなき犯罪である。その彼らの手にした大金は、犯罪行為によって得られたものだ。
 とはいえ、彼らとしては、元々のその大金持ち主こそがそれを非合法で手に入れたのだと考えていた。いや、もしかしたらそれは少し言い過ぎかもしれない。穏便な言い方をすれば、それは不正に手に入れられたものであり、まともな道徳的観念の持ち主であれば決してそんなやり方はしないであろうやり方で得たものであり、その大金の元々の持ち主から、彼らはむしろそれを取り返したのだと認識していた。
「そもそも奴らの所業が非合法でないこと自体が不正なのだ」
 とはいえ、彼らの行いが義賊的であったとしても、それがその社会において非合法であり、犯罪ことに変わりはない。彼らの行いは間違いなく犯罪行為なのだ。そうなれば、彼らが権力によって捕縛されればその権力の基準により裁かれることは間違いないだろう。もちろん、権力は不正を犯していると彼らが考える人々の味方である。彼らにとって、逃げ切ることこそが不正を犯したものに対する勝利なのである。
 権力による追跡は徹底していたが、彼らはそのひとつ上を行った。捜査の手が伸びてきて、襟首を掴もうとした瞬間にするりと身をかわす。そうして逃げて逃げて雪山に潜伏することになった。それにはかなりの労力を払わなければならなかったし、一歩間違えば遭難してしまうという危険があったが、人目にはつかなかったし、よもやそんなところに隠れているとは誰も思わない。彼らはそこで春を待ちながら逃亡計画を練ることにしたのだった。どこか海外にでも高飛びするのだ。それまでの雌伏のときである。彼らはその計画が完璧なものだと思っていた。
 しかしながら、彼らの誤算は、雪山が吹雪に閉ざされたことと、燃料の備蓄がさほど無かったことだった。吹雪は追っ手を阻むにはうってつけだが、彼らの補給まで断ってしまう。彼らは凍えながらなるべく節約し、燃料を使わないようにした。
「じきに雪もやむさ」
 最初は楽天的であったものの、燃料の底が見えてくるとさすがに焦りが出てくる。
「必要の無いものを燃やして暖を取ろう」
 彼らの必要でないと考えるものが燃やされていった。椅子やテーブルが薪にされて火にくべられ、要らない服が炎に放り込まれた。本を投げ込み、床板を剥がして燃やした。しかし、それもついに尽きた。彼らは強奪した札束に視線をやった。そして顔を見合わせる。火が小さくなっていく。



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