2021年3月の記事一覧
いかれた君はベイベー
夜、犬の散歩をするのがぼくの役目なのは、君も知っての通りだと思うけど、うちの犬の名前が犬なのはたぶん言ってなかったんじゃないかと思う。どうでもいいけど。ちなみに、朝に犬の散歩をするのは弟の役目だ。これは公明正大に決められた。ぼくが朝寝坊で、無理やり弟に朝の役目を押し付けたわけじゃない。ぼくはフェアな人間だし、第一、弟はちょっと年上の人間がなにか言ったらそれに唯々諾々と従うような、そんなやわな奴じ
もっとみるARBEIT MACHT FREI
鉄の扉が閉ざされ、錠の下ろされたその一連の音は、断頭台で刃が落ちる音に似ていたのではないだろうか。そのもたらす結果が、性急か、それとも緩慢かの違いはあるにせよ、起きたこと、あるいは起きることは同じなのだから。
と言っても、そんな音に注意を払う者はいなかっただろうし、その類似性に気付く者もいなかった。緩慢であるが故に、希望を殺すことはできない。緩慢な死は、希望を殺せない。否、緩慢な死は、死を悟ら
悪の怪人と正義のヒーロー
人々の悲鳴が街に響く。怪人が現れたのだ。悪の怪人である。
怪人は悪の限りを尽くした。なにしろ悪の怪人だ。茶碗についた米粒なんて知らん顔、嫌いな人参は全部選り分けて残した。コンビニの傘立ての誰かの傘を拝借し、駐輪禁止の場所に平気で自転車をとめた。トイレで用を足した後に手を洗わず、靴の踵を踏んで歩いた。怪人の悪の所業の数々、街の人々は恐怖のどん底に突き落とされた。
「誰か、誰か助けてくれ!」誰かが
彼女が死んでしまった昼下がり
彼女が力なく横たわっていた。近づいて顔を覗き込むと目をつむっている。穏やかな表情だ。ぼくは彼女が眠っているのだと思った。昼寝にはちょうどいい春の昼下がりだ。
ぼくは横たわる彼女の身体をまじまじと見た。普段なら、そんなにじろじろと見るのは憚られたに違いない。彼女だって、そんな視線にさらされたら文句のひとつでも言うに違いない。
「なに見てんのよ」
それは質量とある空間を占める現実的存在だった。有
金が物言う世の中じゃ
彼こそがその世界の創造主であった。と言っても、彼自身が神であったのではない。「光あれ」なんてセリフも口にしていない。
彼は金銭を崇めた。そして、それこそが世界を動かす唯一無二の原理であり、神なのだと、彼は考え、その考えに従って行動したのだ。金を産み出すために働き、ものを売り、金を使った。あるいは、彼はあくまでも預言者のようなものでしかなかったのかもしれない。金を、貨幣を、資本を神としていただき