2021年1月の記事一覧
誰かがあなたを否定しても、あなたがあなたを否定する必要はない
そこは、山を切り開いて新しく作られた街だった。そこの駅に初めて降り立った時思ったのは、何から何まで新しいということだ。駅はもちろん、駅前のショッピングモールも、そこを走るバスも、バス停の行き先表示も、交番も、立ち並ぶ家々や、集合住宅も、ガードレールまでが真新しい。すれ違うそこの住人たちも心なしか新しく見えた。新しく、正しい街。そんな感じだ。すべてが正しくデザインされ、間違ったと思われたものは徹底
もっとみる「おやすみ」と「おはよう」のあいだ
「おやすみ」と彼が言い、「おやすみ」とわたしが言う。
「いってらっしゃい」とわたしが言い、「いってきます」と彼が言う。
わたしが眠りにつく頃、彼は仕事に出かける。彼がどんな仕事をしているのか、わたしは知らない。
「些細だけれど、とても大事な仕事」とだけ、彼は自分の仕事のことを言う。それ以上は絶対に教えてくれない。何度か聞き出そうとしたけれど、適当にはぐらかされてしまう。
「それを知ったら」と、彼
羊があまりにも多すぎる
彼女に眠りが訪れなくなってから、もう三か月がたとうとしている。その三か月の間、うつらうつらと船を漕ぐことはあっても、深く眠ることはできず、一睡もできなかった。ベッドに入るとなおさらだ。どうにか眠りを引き寄せようと躍起になって、そうして四苦八苦していると、眠りは遠ざかって行ってしまう。そうしているうちに目は冴え、目をつぶっても眠気は見つからず、それでも瞼の裏にそれを懸命に探し、時計の刻む音が気にな
もっとみるヒーローになる時、それは今
子どもの頃に書いた卒業文集が出て来た。将来の夢の欄には「ヒーロー」と書いてあった。特撮物のヒーローに憧れていたのだとしたら、その年齢にしては少し子どもっぽいような気がする。冗談のつもりだったとしても面白くない。他の子どもたちは「野球選手」や「サッカー選手」、「医者」、「消防士」など、程度の差こそあれ現実的なものを書いていた。ぼくの初恋の女の子にいたっては「薬剤師」となっている。当時のぼくは「薬剤
もっとみるすごく透き通った世界
まだわたしが子どもだった頃、わたしは透明だった。驚くほど透き通っていて、わたしを通して向こう側が見えるくらいだった。水や氷よりも透明。わたしは自分を通った光が作る影を見ているのが好きだった。地面に落ちたそれは、わたしの動きの加減によってユラユラと揺らめいた。それを日が暮れるまで見ていたほどだ。わたしは自分の透明な手を日にかざし、光が乱反射する様をいつまでも見ていた。そんな子どもだった。
学校に