灯火 another side【オリジナルSS】
灯火 another side
「リンパ節に転移が見られます。山ノ内さんはまだお若いこともあって、進行がどうしても…。」
「…あとどのくらい生きられますか。」
「このまま行けば半年、もしかしたらそれよりも早いかも知れません。お力になれず、すみません…。」
なんで私より悲しそうな顔をするんだろうと思った。そんな申し訳なくされたら、私は泣けないじゃないか。
1年前、不正出血が止まらず行った婦人科から紹介され、大学病院へ移ると、診断されたのは子宮頸がんだった。病巣はかなり広がっていて、子宮摘出では間に合わないと言われたときは、私は生きていて初めて「死」を感じた瞬間だった。高い治療費も払えない。悲しむ家族もいないし、私はそのまま余命通り生きることを選択した。やり残したことをリストアップしようとしても、なにも思い浮かばなかった。せめて恋愛がしたい。誰かに愛されてみたい。始めたのは「レンタル彼女」だった。
始めてみたら楽しかった。世の中には色んな人がいる。恋愛経験のない人、ただ一緒にテーマパークに行きたい人、初恋の人が忘れられない人、同性しか愛せない女性もいた。私はいわゆる「友達営業」が売りだったけど、お客様からはよく「掴みどころがないね」と言われてきたし、「どこか寂しそうだね」とも言われたことがある。私自身は普通に振る舞っているつもりでも、どこか諦めみたいなものが出ていたのかも知れない。そしてレンタル彼女を初めて1年が経った頃だ。
「みずきちゃん、今度の予約けっこうクセあるけどいける?」
「クセありしかいないじゃないですか。どんな人?」
「29歳、ハヤミケイゴ様。『死ぬ1日前にデートしたいです。』だって。こういうのはあんまり受けてほしくもはないんだけど…。」
「いいですよ。どうせ他の子に頼めないんでしょっ。私ももう辞めるし、受けてください。」
店長からの打診で、この難儀な予約を受けることにしたのは、死のうとしてる人の面(つら)を拝んでやろうなんて悪い心があったからだった。どうせもうすぐこの仕事も辞めなきゃいけない。どんな客でもかかってこいと強気でいた。
「ケイゴです。今日はよろしく。」
当日現れたのはごく普通の男性だった。身なりもきちんとしてるし、ちょっと猫背だけど背も高い。顔だって悪くない。この人がなんで明日死ぬの?疑問はたくさんあったが、それは彼の話で少しずつ解消する。
彼は自殺願望があるわけじゃなかった。ただ「30歳で死ぬ」という呪いがかかっていた。その呪いの元は恐らく、彼の育ってきた環境にある。
「30歳で死んじゃうんだって、親御さんはなんて言ってたの?」
「ああ、親には話してないんだ。母親が小さいときに亡くなってて。」
「…ごめん、言いにくい話。」
「いいよ、話聞いてもらいたかったし。母親はね、僕が4歳のときに癌で亡くなったんだって。全然記憶にないんだけど。それで、父親はちょっとおかしくなっちゃって、僕は親戚に預けられて…厳しい人たちだったから、早々に私立校入れられて、寮生活で…あんまり思い出らしい思い出ないんだよね。」
そんな話を聞いて、初めは「理由なく死ぬんだと思っている」と言っていた彼の、漫然と広がる寂しさみたいなものを感じた。彼はきっと、ずっと寂しかったんだ。早くに亡くなった母親の姿に自分を重ねて、なんの希望も持てずに。彼と私はどこか似ているなと思いながら、それでも私は、明るく振る舞おうと思った。夜ご飯を一緒に食べ、帰り道寄った100均でこっそりろうそくを買って、コンビニケーキを公園で食べた。彼は泣いていた。それは安堵なのかも知れないし、これからへの果てしない絶望感だったのかも知れない。
「店長、お世話になりました。」
「こちらこそ、みずきちゃんには頑張ってもらって助かったよ。…これからどうするの?」
「治療はしないって決めてるんで、のんびり過ごします。」
「そうか。なんて言ったらいいか…。」
「そんな顔しないでくださいよ〜!あ、そういえば、この前のハヤミ様ってあれから問い合わせとかありました?」
「いや、なかったはずだな…。でも評価は星5つ付けてもらってるよ。なにかあった?」
「いえ、ちょっと気になっただけです。そしたらお給料頂いていきますね。ありがとうございました。店長、お元気で!」
事務所を出ると、いつもは気怠い身体が少し軽かった。彼に、店長に、今まで私に優しくしてくれた人たちみんなに、幸せが訪れますようにと祈りながらネオンが灯るこの街を歩く。
End.
本編「灯火」はこちらから