かみともにいまして【オリジナルSS】
かみともにいまして
母と逃げるように越してきたこの町には、真新しい教会があった。近所の人は訝しがって近づかないほうがいいと新参者の私たちに告げていたが、ある時郵便受けに入っていた子ども会の知らせに、私は小学生ながら興味を持った。母はそこに行くことを許してはくれなくて、でもどうしても行ってみたくて、母が仕事で留守にしている隙に教会へ向かった。まだ木の匂いがするその教会にいたのは、背の大きな神父さんと、そこに集う子どもたち。私はひと目見て、その人が神様のように見えたんだ。
それ以来、私は母の目を盗み教会に通った。教会は噂通りほとんど人がいることがない。神父さんはそんなこと気にする様子はなく、いつも優しく私の話を聞いてくれた。ここに越してくる前のこと、厳しい祖母の話や母がおかしくなってしまったこと、この町ですら姿をなるべく見せないように、私たちは隠れて過ごしていること、そして、そんな生活にはもう嫌気がさしていることも。神父さんの前では全て正直に話すことができた。父親も兄弟もいない私にとって、神父さんは身近な男性として、何年経っても私の中では特別な存在だった。神父さんは少しグレー掛かった、ビー玉みたいな綺麗な瞳をしていた。私がそれについて触れると、
「父がアメリカ人なんです。子どもの頃はよく揶揄われましたよ。」
なんてまた優しく笑って答えた。
教会に通うようになって、もう一つ大事なものが出来た。それは歌だ。神父さんはたくさんの讃美歌を私に教えてくれて、たくさん褒めてくれた。歌を歌うことの楽しさ、喜び、そして自分の歌声が好きにもなれた。そして中学を出る頃には、歌手になりたいと強く思うようになった。オンラインで応募出来るものには全て応募し、ついに一つのオーディションで合格通知が届いた。新しく始まるサブスクアニメの主題歌を任される。それと併せて、私は今度の春に高校を卒業と同時に、上京することが決まった。住みにくいこの町から離れられる、そんな嬉しさもあったが、神父さんと会えなくなるのは辛かった。だからか、私は上京することをまだ神父さんに言えていない。年が明けてからまだ一度も教会へは行けていなかった。神父さんの連絡先なんて知らない。私と神父さんを繋ぐのは、あの教会しかなかったから。もう明日には引っ越しをしなきゃいけない。最後に会わないと後悔する気がした。私は冷えた空気の中、教会へ向かった。
「あぁ、こんにちは。久しぶりですね。元気にしていましたか?」
「元気!…じゃなくて、私、引っ越すことになった。オーディションね、受かったの。歌手になるんだ。」
「それはすごいじゃないですか!あなたには素晴らしい才能があったから、私も嬉しいです。」
「神父さんが教えてくれたんだよ。なにもなかった私に、神父さんがくれたの。」
神父さんはにっこりと笑う。おもむろにオルガンに向かい、鍵盤を弾いた。何度も繰り返し弾いてくれた讃美歌。これは確か、第405番。
「最後に聴かせてくれますか?」
「…うん。私のこと、忘れないでね。」
「もちろんです。いつもここであなたを思います。」
2人きりの教会でオルガンが響く。かみともにいまして。「また会う日まで また会う日まで かみのまもり 汝が身を離れざれ」
End.
こちらの作品はRadiotalkの収録企画
「#お題で創作」に参加したものになります。
今回のお題は「この瞬間、会いたい人は誰?」
朗読もしてみました。