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もじゃもじゃのキューピッド


恋のキューピッド


それは病める時も健やかなる時も、恋人たちの最強の味方。たった2人きりで道を歩んでいるのではない心強さが、そこにはある。

先日、恋人と「もし別れたら」という話をしていた。もしも、そんな日が来たなら…。2人で揃って一番最初にある人物のもとへ報告しにいくべきだ、ってことになった。
私たちのキューピッド。彼はきっと、私たちの行き着く場所がどこであれ最後まで見守ってくれる。私はそう信じている。

今日はそんな恋のキューピッドである、天然パーマがチャームポイントのもじゃもじゃ男の話だ。

コロナの幕開けと同時に社会人になった私は、完全リモートで新卒時代を過ごした。直前で急遽リモートになった新卒研修は、逆境に燃える団結感に満ちていて、とても濃密な時間だった。同期とはパソコン越しに多くの時間を過ごした。"キューピッド"となる彼とは、名前順が隣で行動を共にすることが多く、じきに仲良くなった。(名前が隣の人って仲良くなりがちだよね。大学時代の親友も、そういえば彼と同じ名字だ。)

彼の第一印象は、ザ・野心家。
同い年とは思えない貫禄のある顔つきと態度で、小難しい話を、重たい口ぶりでゆっくりと話す。思わず耳を傾けてしまう話術を持っていて、人の心に自分の発言を染み込ませる術を心得ている人物だった。コワモテな上に滅多に笑わないので、結構パンチがあった。(彼に限らず同期は揃いも揃って鼻息の荒いアツい人たちで、私は気後れした。この人たちとは違う方向性で勝負しないと自分が日の目を浴びることはないと瞬時に悟った。)

ともかく彼は、同期の中でもとりわけ熱い男だった。髪の毛もじゃもじゃだしね。(関係ない)
それに彼は熱いだけでなく変態で、私に「俺のこと分析してよ」とか「俺の悪いところ教えてよ」とかわざわざ言ってくる、向上心の強いドM。

私はその人柄を一瞬で気に入り、その後5年経った今でもたまにご飯に行ってあれこれ語り合う関係となった。彼は人を気持ちよくしゃべらす天才で、なんでも面白がってくれるから私はつい言うつもりのなかったことまで白状してしまう。仕事の本音も、胸に秘めていた恋愛事情も。

私の話に「それ、ほんとはこう思ってるんじゃないの」と本音を言い当ててくるところ。「それってさぁ、こうなんじゃないの」と本質をついてくるところ。「それってまさに、〇〇もこう言ってて」と豊富な知識の引き出しから的確な例を持ち出すところ。どれもこれも、うまいんだよなぁ、全く。嫌な奴。

時は飛んで入社4年目の冬。
元恋人と別れた私はいつものように、もじゃもじゃに恋愛の近況報告をしていた。あのとき、マッチングアプリに奮闘中の私にもじゃもじゃが言った「あの先輩とかいいんじゃない?俺は合いそうだと思うけどなぁ」のひと言が、後に私の運命を変えることとなる。

もじゃもじゃの冗談半分の発言に「え〜社内は絶対ムリ、ないよ。」と頑なに否定しながら、この人は、私とその先輩の何が合うと直感したんだろう、と思考を巡らせた。もじゃもじゃは私の痛いところをいつも突いてくる、洞察が鋭い男だ。そんな人物が感じた「この2人合いそう」は嘘か誠か。ほんの軽い冗談だと分かっていたけれど、確かめずにはいられない気持ちになってしまった。罪だ。

「でも、もじゃもじゃがそう言うなら普通に話してみたいわ、飲み会セッティングしてよ〜」と本気度ゼロな態度を装いながら、私は数ヶ月間それとなく機会を待っていた。あまりにも関わりがなさすぎて、やっぱ無理か…と諦めかけた頃、そのときはやってきた。

年初めに出社したときのこと。偶然に偶然が重なり、あまり知らない人たちと初詣に行くことになった。行ってみるとそこにはもじゃもじゃと例の先輩がいた。もじゃもじゃが「この後飲み行きませんか」と言い、先輩が「行くー」と言う。もじゃもじゃに「おこめは?来る?」と聞かれ「うーん、行こうかな〜」とわざと歯切れの悪い返事をする。「お、珍しいね!いいじゃん行こ」ともじゃもじゃが言う。

こんなに完璧な流れってあるものなのね、と心の中で拍手喝采を送りながら、顔に出てしまわないように平常心を務めた。私は初対面の人の前では大変猫を被る性格だが、それではせっかく舞い込んできたこの会が無駄になると思った。もじゃもじゃにしか見せない自分をここでさらけ出すことが、この場の最適解だろうと思った。(知らない男の先輩と後輩の前でそれをやるのはだいぶ勇気のいることだった)

あの日、私にとってはだいぶ際どい話をしながら、先輩が私の話に「うわぁ〜、めっちゃ人間だねえ」と相槌を打ったのを、私は聞き逃さなかった。「人間だねえ」なんて言葉は、人間観察を生業にしている人間しか言わない。なるほどね、と思った。これはもじゃもじゃと仲が良いわけだわ。この先輩も多分、人間変態だ。

もじゃもじゃは頼んでもないのに、私がどんな人間かを先輩の前で語り、私の人間味が一番引き立つ話題を次々と振ってくれた。だから私は流れに身を任せて、いつももじゃもじゃに話していることを、そのまましゃべるだけでよかったのだ。
もじゃもじゃ最高!天才か!と心の中で褒め称えながら、この年の幕が明けた。

それをきっかけに先輩と私はゆるい繋がりを維持するようになった。次第に私は、まんまと先輩の人間的魅力に引きずり込まれてしまい、気付いたときにはもう引き返せないほど、恋だった。でも、もじゃもじゃには口が裂けても言えなかった。こんな自分を見せることは決まりが悪くて、到底できるはずがなかった。

一体何が決定打になったのか未だに謎だが、その後晴れて先輩と私は恋人となり、もじゃもじゃは私たちのキューピッドになった。
後から知ったことだが、先輩は私よりもじゃもじゃのことが大好きだ。もじゃもじゃのこととなると、まるで息子の自慢でもするかのように愛を語る。相当お気に入りの後輩らしい。たまにだらしなくて弱っちいけど、そんなところも愛されキューピッドのご愛嬌。

行き着く先がどこであれ、もじゃもじゃは永遠のキューピッドです。これからも私と先輩のこと、どちらも等しくよろしくね。

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