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お茶好きの隠居のカーヴィング作品とエッセイー昔ばなし

10.  マガン


マガンのカーヴィング作品

淡海の海


眺むれば水の面(おもて)に
落つる雁(かり)
鳴きとよみつつ浮きて漂う

葦原を見わたしたれば
漁(いざ)る火の
はるかに見ゆるほのぐらき湖(うみ)

見あぐれば冴ゆる月影
あかあかと
そぞろ寒かる淡海(おうみ)海べた

かりがねの旅は終わりぬ
光る湖(うみ)
心静かに汝(なれ)は漂う

Wild Geese


O wild geese, at this pond, your long journey will cease,
And you will be filled much with peace
On this tranquil, serene and bright pond.
To come here, you must’ve set forth the journey.

In this pond to which you are bound with an iron bond,
Many ducks have arrived from the river beyond,
Finding a shelter to spend a night that'll be stormy.
That proves you are safe here during the winter.

Till when you go back north, I know, here you’ll linger,
For abundance in food, you had found this pond nice.
We can’t foresee mishaps caused by Divine caprice,
But, it's quite likely that, till spring, you'll stay here in peace.


伊藤若冲の動植綵絵中の「芦雁図」、葛飾北斎の「来燕帰雁之図」、安藤広重の近江八景中の「堅田落雁」等、日本画の名作に描かれているガンは、いずれも申し合わせたように、頭を真下にして真っ逆さまに落ちる姿で描かれています。

伊藤若冲 「芦雁図」
葛飾北斎 「来燕帰雁之図」
安藤広重「堅田落雁」

ガンは本当にこんな姿勢で上空から降りてくるものでしょうか? 文字通り「落雁」ですが、マガン、カリガネ、ヒシクイ等、我が国で混同され、一括りに「ガン」とされているどの鳥についても、この点については疑問を感じます。 実際にネット上で、これらの鳥が上空での水平飛行から着地のために高度を下げてくる動画をいくつか見て探しましたが、少なくとも私の見た限りそういう場面を見つけることは出来ませんでした。 真っ逆さまに頭を下にして、急激に高度を下げるのは猛禽類のハヤブサが獲物を捕らえる時やカツオドリのような魚を捕る海鳥が海に突っ込む時にそうしますが、ガンが急降下する場合は、前を向いたまま身をひねって横向きになり、翼を地表/水面に対して垂直にさせることにより、翼が受ける揚力を失わせて急降下するようです。 それも長い距離ではなく、すぐに姿勢を元に戻します。 例えば、下記のURLを見て下さい。 動画の後半で注意深く探すとそういう急降下をする個体が映っています。

https://www.youtube.com/watch?v=unDlFjlIH5M"target

「この世に無い」という事を証明することは困難なので、ガンが頭を下にして垂直降下することは絶対にない、とは断言出来ませんが普通には見られない光景と思います。 日本画の世界でこういうガンの姿が定番になった理由について知りたいと思いググってみたら、お菓子の落雁の所以についての記事がヒットしました。

<茶席菓子には必至の落雁は、もとは落甘と書かれていたそうです。 唐菓子の南落甘ナンラクカンから転じたとされ、南を略して落甘としたといわれています。 琵琶湖の浮御堂に降りてくる雁の情景を描いた千菓子が落雁の始まりといわれています。 近江八景の一つ堅田落雁を国学者、山岡俊明の類聚名物考ルイジュウメイブツコウには、「もと近江八景の平砂の落雁より出し名なり。 白き砕米に、黒胡麻を村々とかけ入れたり。 そのさま雁に似たればなり」、と書かれました。 この黒胡麻が、雁の行列が地上に下る時のような斑点になったのに擬して、落雁としたという説があります。 茶道が盛んになった足利時代の末期には、銘菓の御所落雁などが作られるようになりました。>
とあります。

そうだとすると、お菓子の落雁の歴史は足利時代末期まで遡ることになり、若冲(1716~1800)、北斎(1760~1849)、広重(1797~1858)等が活躍した頃には「落雁」という言葉/お菓子の名前は定着していたと考えられます。 この言葉に引っ張られて、こういう画想を得た画家が居たということでしょうか? 但し、一番先にそれをしたのが若冲だったかどうかについての知見を私は持っていません。
伊藤若冲は雁に限らず「月に叭叭鳥図」でも真っ逆さまに下を向いて急降下する叭叭鳥の姿を描いていて、迫力のある面白い絵にしています。

このブログ(5. スズメとセミ)でも言及しましたが、ヴィジュアル・アートはもとより他の芸術の世界でも、実際の自然の姿を無視すること自体は何ら問題になりません。 自然の有り様の正確さを云々するよりも、表現の効果を追求し、主観に基づいた主張をすることが大切なのです。 鳥が何鳥であろうとこういう姿勢で描けば、落下するミサイルのようなスピード感と迫力が得られる、ことが狙いなのでしょう。

さて、日本に来るガンの仲間は上述したマガン、カリガネ、ヒシクイの他にも、シジューカラガン、ハクガン、コクガンなどが居ます。 しかし、日本に来るガンは種類を問わず、乱獲と人為による環境改変によって、一時は、絶滅近くまで数を減らしました。 その後、マガン、ヒシクイ、コクガンの天然記念物指定などにより、遅まきながら保護したのでこれらの種はかろうじて絶滅を免れた一方、シジューカラガン、ハクガンは、ほぼ絶えてしまったのです。 シジューカラガンは千島列島が繁殖地で、大昔は関東地方にも沢山の数が飛来していたそうですが、元々は千島に居なかったキツネを毛皮目的で放すという愚挙を行った(1915年頃) ことによって、キツネがこの鳥を散々捕食し、その絶滅を招きました。 ハクガンには白色タイプと青色タイプが居ます。 白色タイプは翼の先端の黒色を除くと、ほぼ全身が真っ白の美しく目立つ鳥です。 目立つが故に乱獲されて絶滅したのです。 同じことは北米でも起こり、この鳥が激減した歴史がありますが、今は完全に復元しカナダのハドソン湾地区では増えすぎて他種への悪影響が心配されるので個体数を減らす方策が取られている程です。
日本ではその後1970年になってから、「日本雁を保護する会」が結成され、その人々とロシア、アメリカ等の協力者の40年を掛けた移植・増殖努力によりハクガン及びシジューカラガンの日本への飛来を復活させることが出来たそうです。 今では宮城県で数千羽も見るまで回復したとのことです。本当に喜ばしいことです。

シジューカラガンは北米のどこにでも居るカナダガンにそっくりの鳥で、カナダガンの亜種として分類されていた時期がありますが、最近は別種として分類し直されているそうです。
日本におけるカナダガンは、例によって飼育していた鳥が逃げ出して野外で繁殖した上、シジュウカラガン等の近縁種との交雑と食害が確認されたので特定外来生物に指定されました。 そして、その根絶宣言が2015年に環境省から出されました。 今までに「根絶された」特定外来生物は、この例以外にはなく、初めての成功例とされています。 但しまだ気付かれずに居る個体が野外に残っている可能性が依然としてゼロでは無いので、特定外来生物の指定はそのままで、更なる一般からの目撃情報を募っているのが現況だそうです。
この例での経緯をネット上で公開されている環境省、その他による関連記事に基づいて時系列的に追うと:

  1.  1985年に富士宮市で2羽が確認され、富士五湖周辺に定着した。

  2.  2010年には関東地方で約100羽に達し、同年よりカナダガン調査グループ(日本野鳥の会神奈川支部、神奈川県立生命の星・地球 博物館、かながわ野生動物サポートネットワーク、地域自然財産研究所からの有志メンバーで構成)が立ち上げられた一方、「生態系に影響を与える可能性はあるが、被害に関する情報が不足」とされ、この時点で特定外来生物の指定が為されることはなかった。 研究目的の捕獲許可に基づき、丹沢湖で捕獲した個体の施設収容と行動調査のため、個体識別リングを付けての放鳥等が行われた。

  3.  2012年になって、河口湖でも捕獲開始、農業被害(食害)が認められたとして有害鳥獣捕獲が許可された。

  4.  2014年5月に被害情報が整理されたとして、漸く特定外来生物に指定された。

  5.  翌年の2015年12月には、環境省はもう「根絶宣言」を出した。

ということのようです。
この経緯に間違いが無いとして私見を述べさせて頂くと、これは成功例だとは言え、「外来生物法では、<被害>が特定されないと特定外来生物に指定出来ない」という法律の建付け自体が問題と思います。
外来生物は「外来(侵入)生物である」ということだけで、既にこの国の土着生態系を乱しているのであり、そのこと自体が我が国土に対する「被害」なのではないでしょうか?  一体、環境省の言う「被害」とはどのように定義されているのでしょうか? カナダガンの場合は「シジュウカラガン、ヒメシジュウカラガン等近縁土着種との交雑及び農業食害」とされたようです。 外来生物法は「既に問題が大きくなってしまったか、その可能性が高い外来生物」の輸入、その他を規制する法律であり「特定外来生物」、「未判定外来生物」、「種類名証明書添付が必要な生物」という3つの範疇に指定された種についてのみ規制しています。 カナダガンの「被害」が明瞭でない時点では「未判定外来生物」又は「種類名証明書添付が必要な生物」の範疇での規制が掛けられた筈と思いますが、それが具体的にどういうものであったかは関係者でもなく法律の専門家でもない私には分かりません。 ただ、それが「研究目的の捕獲が許される」ということだけだったとしたら、あまりにも悠長な話だと考えざるを得ません。
実際、侵入に気付いたのが1985年、調査グループ立ち上げによって具体的対策が取られ始めたのは25年後の2010年です。 この例では個体数の増加速度が極めて遅く、4半世紀経っても100羽程度(≒年率18%の増加率)だったそうですから、たまたま、悠長な対応でも良かったかも知れませんが、そんなに繁殖速度が遅い生物ばかりではありません。 対応策を取り始めた5年後にはもう「根絶宣言」が出来たのは、相手が大型の鳥類であって観察し易かったのと成鳥の「捕獲」及び「擬卵交換」という比較的容易な増殖抑制対策が有効だったことが幸いしたのでしょう。 しかし、もっと繁殖力の強い哺乳類や昆虫の場合は、これより遥かに徹底的な対策を素早く打たない限り「根絶」は困難でしょう。 例えばその種によって有効性の程度(費用対効果)が異なるかも知れませんが、対象外来生物を捕獲しその生殖能力を失わせた上で再び野に放す事を繰り返す等の確実に有効な手段を使うことが必要でしょう。

外来生物を「根絶」するといいますが「根絶」という言葉に伴う酷薄さに私の思いは、つい、いってしまいます。 勿論、各土地に固有の生態系が乱された時その生態系を回復するために外来種をその土地の野外から「根絶する」ことは是非とも必要なことです。 しかし、外来生物の「侵入」は全て「人間の過誤」が惹き起こした人災であって、その全ての責任は人間にあるのです。 侵入した外来生物は自らの意思で侵入したのではありません。 人間がそうさせたのです。 彼らに言わせれば、人間が「ここに住め」と言うから住み始めたら、今度は「出て行け」だと、あまりにも勝手な言い草ではないか? ということになります。

今回のカナダガンのケースでは、捕獲された鳥は殺処分されることなく、適切な施設に保護されたようです。 その措置はもちろん議論の余地なく妥当なものではあります。 しかし、外来生物が制御出来ない数迄増殖してしまった場合、例えば千葉県周辺でのキョンのような場合、捕獲・排除された動物を全て保護する余裕が我々にあるでしょうか? 動物愛護の精神から「殺処分などトンデモナイ」という議論には限界があると思います。 動物愛護という思想の根本には、「高等動物は愛護するが、下等動物は対象外である」という人間の「偏見」が有るとしか思えません。 しかも、その境目は人それぞれであって極めて恣意的です。 例えば、侵入生物である樹木の害虫、クビアカツヤカミキリや、人を刺すヒアリ、病気を媒介する熱帯シマ蚊等を動物愛護の観点から「殺すな」という人がどれだけ居るでしょうか? 共に同じシカの仲間であり、その食害が無視出来なくなっている日本固有の動物であるニホンジカと気味の悪い声で夜中に啼く外来動物のキョンに対してでは、明らかに人の態度は違うようです。 結局、人間は人間以外のあらゆる他種にとって「実に自分勝手で、ダブル、トリプルスタンダードを平気で許す、極めて恣意的な存在」であることに間違いありません。 しかし、「自らの繁栄のみを善とし、他の生物を食べる」のは、有機物を自ら作り出すことの出来ない動物という存在に与えられた共通の属性であって、矛盾があっても「多少とも、他の生物を哀れみ思いやる」ことが出来るのは人間という動物だけなのです。 所詮、人間なぞ矛盾の塊です。 種としても、個体としてでも、そうなのです。 矛盾はある程度まで許容して、どこかで折り合いを付けるしかないのです。

環境省は比較的に対応が簡単だったカナダガンの「根絶」を成功例とし、手柄として誇っているように見えますが、地道に努力・活動したのは民間の有志だけだったのではないでしょうか? 国はそういう民間有志の活動をどれだけ助けたのでしょうか? 「私には極めて不徹底な法律としか思えない外来生物法を盾に、むしろ民間活動の障害となったのではないか?」と心配になりました。 私の邪推でなければ良いですが。

シジューカラガンとカナダガンの外見上の違いは、前者が少し小型で比較的首が短く、首と胸の境界部の白いリングがハッキリしている一方、後者は首の下から胸・腹部にかけて、境界の無いまま段々白くなっており、リングにはなっていない点です。

カナダガンというと、私には思い出があります。 1980年代の初頭に、カナダのカルガリー市に住んでいた時のことです。 この町では冬季、ロッキー山脈から吹き降ろす暖かい風、Chinook が吹くと、それまでは零下30℃以下の寒さであっても急激に気温がプラス前後迄上がり過ごし易くなります。 そんな暖かいChinook が吹いた週末に、家内と幼かった娘を連れて市内を流れるBow Riverの側にある公園に行きました。 そこで飼われていたウサギに人参をやったり、野鳥にパン屑を与えたりするのを娘が好きだったからです。 河はカチカチに凍っていて、沢山の水鳥たちは水上で泳ぐことが出来ませんので、すべすべの氷上を避けて岸に上がっていたのです。 ところが、真冬で食べるものが不足しているので、どの鳥も飢えていたのでしょう。 私達がパン屑を取り出すと、そこに居た全ての鳥が奪い合いで取りに来ました。 それも一羽や二羽でなく、本当に沢山の鳥が私達の手を突っついて食物を奪う勢いで迫って来たのです。 中でも図体の大きいカナダガンは物凄く迫力が有ります。 ヒッチコックのホラー映画「鳥」じゃないけれど、本当に怖くなった私達はパン屑を投げ出して逃げ出したのです。 すると鳥達は飛んで私達を追っかけて来ました。 いやはや、怖いの、なんのって、今では笑い話ですが、あの時は実に怖かったことを覚えています。 反省を込めて、野生動物/野鳥にエサをやらないで下さい!)


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