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「みんな一緒」のわけがない。

娘よ。いてくれてありがとう。

「すべての人が、すべての人の自由を互いに認め合う。」(自由の相互承認)

 先日、教育哲学者の苫野一徳さんが、デューイの話をもとに言っていた。

 

 私は幼少の頃、何をするにも“一番になりたい“とか、”みんなよりも目立ちたい“という欲求をもっていたのだと思う。

 その欲求自体がいけないのではなく、それを形にする際の表現の仕方がよくなかった。…思えば反省しかない。

 人の気持ちに気付けず、きっと自分では分からないところで、たくさんの仲間を傷つけていたと思う。

 

 小学生の頃に始めた、地元のサッカークラブも本当に仲の良い仲間と一所懸命に取り組んでいたのにも関わらず、その仲間たちに何の相談もなく辞め、地域のバスケットクラブに入った。

 その後、仲間との間に亀裂が生じたことに気づきはするも、その要因に目を向けられずのうのうと過ごす、本当の未熟者だ。

 でも、仲間たちはその後も関係を続けてくれた。それに甘え続け、20歳になってようやく自分の不甲斐なさに気がつくことになった。居酒屋に仲間に集まってもらい、胸の内を話した。「いいよ。」の一言に泣いた。

 法的に大人になってから、初めて泣いたのはその日のことだ。

 人の大切にしている空間、関係、志に土足で踏み込んでしまうことがいかに愚かであるか。30歳過ぎて、ようやく分かった。

 迷惑をかけて、ごめん。

 だからこそ、これから自分がすべきことに、ちゃんと向き合って歩もうと強く思う。

 

 自由を求めること。この”自由“という言葉の意味は、本当に単純なゆえに難しいのだと思う。

 強制的に手にしようとすれば、軋轢が生じる。

 遠慮しすぎていると、表現はできない。

 何もしていないのは、自由ではない。

 お金に操られているのも、また違う。

 いくら手に入れても、いつまでも満足ができない心の貧しさ。

 増やせないのに、時間が足りないせいにしてしまう。

 人の才能や努力に嫉妬して、他人事にしてしまう。

 "自由"とはきっと、そうしたことで手に入れられるものなのではなくて、人に認めてもらったり、人を認めたりすることによってのみ、手にできるものなのだと思う。だからきっと、1人では見つけられないのだ。だから幼少の頃に行く、学校?のような場が必要な気がしてきた。

 海外に一人旅に出かけて「自由だ!」と、叫びたくなる気持ちはよく分かる。

 でも、その旅はあくまでも旅で、自由ではなく、気分転換なのだと思う。

 それを自由と捉えると、時間が過ぎれば自由ではなくなってしまうことが起きてしまうから。

 人や自然など、生きとし生けるすべてのものと正面から向き合い、互いの存在意義を認め合うことができて、万物は初めて"自由"を手にするのかな。

 「魚魚魚〜魚を食べ〜ると〜・・・、魚は僕らを待っている〜♪」という歌詞があるが、考えが必ずあるはずだから否定せず、作詞者:井上輝彦さんにじっくり話を聞いてみたい。私は、魚が「僕らを待っている」とは、どうしても思えない。

 子どもたちの、"魚嫌い克服のための言葉"として選択したことでないことを願いたい。

 人に見てもらうために植えられた無数の花よりも、道端の脇にふいに咲いている花々と出会う方が好きかもしれない。

 水槽にメダカを飼う。行為よりも志が問われる気がする。

 世のすべてを手にしても満足いかなかったら、宇宙に繰り出しますか?

 もしも、宇宙のすべてを手にすることができたら…その人には何が残るのだろう。

 だから、自由とは、物理的な何かを手にすることではなく、人の心の解放感や開放感にある気がする。

 昔、茨城の勉強会に行って覚えている印象的な言葉がある。

 「恋愛と教育(育児)は似ている。」

 今なら分かる。奥さん、娘の存在が私をそうさせているから。

 (大好きな人のことだったら、「何かしてあげたいな〜。」って常に思いますよね。恋愛の始まりの頃の気分が、ずっと続く。というか、向上していくから、維持するよりも楽だと私は思っている。) 

 それを万人が万人同士で織りなせるか、どうか。ここについては、またじっくり考えて書きたい。(掲載:万物が魅せる恋愛)

「みんな一緒」なわけがない。

 クローン開発って、何のための研究なんだろう。

 「一緒」を生み出すメリット?不老不死のため?いたら再生医療ができるのかな?

 技術としては、本当に凄いけど、やっぱり実用には踏み込んじゃいけない気がする。

 永久に、若く、健康な命が続く世界になったらどうなるのかな?

 感情は、もはやもてなくなる気がする。そこにAIのチップを埋め込んだら、それが人型ロボットになるのかな?

 私が学生の頃、受講してきた大半の時間は"一斉授業"だった。

 私は教員として働き出した頃、その受講してきた"一斉授業"がモデルだった。それしか受けてきていなかったからだ。

 でも、モデルではあっても、決してそれを好きではない子だったから、そんな授業ばかりでなく、受けもたせてもらった子どもたちといろいろ無理もしてきた。

 特に初任の頃の無理は、吐出している気がする。

 初任の頃、管理職にも、市役所にも、駅職員にも、保護者にも、確認も了解も得ていない状態で「駅前フリーマーケット」を開催した。本物の金銭のやりとりだ。そこに至る理由は、至ってシンプルだった。

 小学3年生、社会科の学習で"買い物調べをしよう!"という単元がある。指導要領では、【地域の産業の様子やお店の工夫・努力、消費者としての心構えや家計のことなどを知る。】ぐらいのことが記載されている。

 教科書には、いろいろなお店(小売店やマーケットなど)の、それぞれの利点を考え、工夫して買い物ができるといいよね。例えば、カレーを作るなら、どこでどんなものを買いますか?などの問いが載っている。

 「作りたい!」その一言から始まった。

 消費とはそもそも何か。自らが得たものを消費することのはず。「よし!まずはお金を稼ごう!」ということになったのだ。

 初任だったからなのか、あまりにも楽しかったからなのか、誰にも伝えずフリーマーケット当日はあっという間にやってきた。

 子どもたちと必死に商品を考え、自分たちの力で達成したいから親の力を借りず、今できる能力をフルに使って作り上げた商品や、見せられる特技、できるサービスなどが用意された。

 

 ・一生懸命に折った折り紙 1つ10円

 ・ストラックアウト場   1回20円

 ・肩揉み         5分10円 などなど。

 もう15年も前のことだが、はっきりとその温かな情景を覚えている。

 初めて売れた品は、地元のおばあちゃんが買ってくれた"鶴の折り紙"1つ10円である。歓喜の声が上がった。

 その後も、平日の昼間なので、人も疎らだがフリーマーケットは活気を見せていた。

 自分がもっと計画性をもっていられたら、大成功になったのかもしれない。

 アポなしだったため、通報が入ったらしく大慌てで走ってくる教頭先生のお顔が忘れられない。

 (その後のことはお察しの通りです。)

 でも言い訳がましいかもしれないが、子どもたちとの、すべての時間(授業も、準備作業も、運用も)に一切のタイムラグがなかったから、あの夢中感は作れた気がしている。

 もちろん今では、そうした提案が出たら絶対に申請書を書きまくる作業から始めるが、なんだかあのレスポンスで取り組めることが理想だな、って思うことは今でも変わらない。

 あれは、間違いなく一斉授業ではなかった。

 一つの壮大な「自分たちの力で稼いだお金で、地域食材を集めて最高のカレーを作ろう!」というプロジェクトに全員が夢中になっていたから。夢中になっているから、一人として同じ行動ではなかったから。

 そんなプロジェクトが立ち上がったら、教科書の中に学びが収まるはずがない。

 みんな必死だった。みんな楽しそうだった。

 何も言わずとも放課後に

 ・何店も回ってきて値段を聞きに行ったらしい。

 ・旬のおすすめ、地のもの、生産者の思いをインタビューしたらしい。

 ・稼ぐための品や工夫を家で一生懸命に制作したり、考えたりしていたらしい。   

 小学3年生が、自分たちだけで。

 

 安全性:もちろん心配もある。

 計画性:やっぱり事前に提出しなくちゃいけないんでしょうか?熱量はどこかに置いていかれますが。

    目の前に熱々のハンバーグがあるのに、油が固まってから食べたい人なんていないと思う。

 

 そこからはみ出せなかったのは、完全にこちらの力不足だったことは間違いない。

 でも、もしあのまま地域も、学校も、社会も、家庭も見守り、裏で支え、その過程を認めていたら…いったいどんなリフレクションが展開されたのかな。なんてことを15年経っても今でも思ってしまう。それ程までに、あの時間が魅力的だったのだと思う。

 まさに心の解放感があったから。

 この職は、がんじがらめな状態にあると感じている人は少なくないのかもしれない。

 私は気にするタイプではないですが、はみ出せば、子どもだけじゃない。大人もはじかれる。

 目立たず、はみ出ず、列の中にいられれば安全を手にできる場になってしまっているんだろうな。

 それに魅力はありますか?

 なければ生み出してしまえ。常にそう思っているので、失敗も多いですが。

 こちらが準備した内容を、そのレールに正しく乗れる反応をできる子がいい子なわけがない。

 教員やっていると、素直に子どもたちが話を聞いてくれると気持ち良くなっていってしまう所があるのは分かる。

 でも、もう私は前のような"一斉授業"には戻れない。

 モデリングのない教育の在り方に取り組んでいるから、本当に迷うし、悩むし、頭がおかしくなりそうになる。

 でも、それこそが教師のすべき学びなのだと思っている。

 人として、教員として、親として、マインドセットをアップデートしていくこと。

 時代とともに変わるんじゃない。その時代を生きる人の考え方、感じ方を認め合うために変わる必要があると思っている。

今回もお読みいただき、ありがとうございます。

 遠回りですが20年先がよくなっていくようなblogに成長していきたいと思っています。

 家庭 × 教育 × 社会 × 環境 × 熱意 = 平和 ・人と人、人と環境を紡ぐblogを目指して。

 「大切なことを、大切にできる人」が増えていけば、世界が抱える課題は、あっという間に希望へと変わっていく気がします。

 次回 :「レッジョ・エミリア × Camp 」 *書きたいことが増えすぎて、全然こちらの方のタイトルにいけていません。

次々回:「SDGsを自分ごとにしていく」

記載予定(仮):「mucchuというタイトルへの願い」・「高司という男」・「歴史を紡ぐものたち」

 今回のテーマと類似:「「自由」を得た後の選択肢」

 今度ともご愛読の程、よろしくお願い致します。

 @mucchuart