Where is Your Utopia?
今回は、かねてから訪問を待望していた台湾で過ごした1週間の日々を旅行記の体で書き起こしつつ道中で思いふけったことについて綴ろうと思う。
いろいろな経緯で台湾にたくさん友達がおり、彼らに会うのが旅のメインテーマだった。人に会うことが旅の主目的なのは初めてであり、いつもの一人旅とはまた違った気持ちで準備をしていた。
*1 NTD=4.4 JPYで計算
半年ぶりの日本出国、南国の香り
思い返せば日本発の国際旅は凡そ1年ぶりだった。フライトを待つ間に感じる気持ちの高まりは何にも代えがたい瞬間であるから、どれほど大変な思いををしようが私は海外旅の魅力に取り憑かれているのだろう。
新千歳空港からの出国手続きを済ませ、制限エリア内の免税で日本土産を買う。ポーランドでルームメイトだったBrianにはウォッカを買っていただいていた借りがあるので、国稀の純米大吟醸四合瓶を購入した。友人とバーベキューをする予定があるので、小樽の特選ナイヤガラワインを購入。パーティーに合う甘めのワインを入手できて嬉しい。
16:45搭乗開始のはずが機体繰りの関係で遅延し、18:30にBoeing787-Dreamlinerはちょうど1時間遅れで赤みがかった北の空へ飛び立った。桃園国際空港まで4時間のフライトである。
21時ごろに目が覚め、30分後に着陸準備のアナウンスが流れた。眩い光が眼下に広がっているのが見える。この瞬間、視覚をきっかけとして異国の香りへの解像度が一段と増すという経験は、旅をしたことがある人には共感してもらえるのではないだろうか。
飛行機はなぜか定時に着陸し、夜の桃園国際空港で出国を済ませる。事前にオンラインアライバル手続きを済ませていたものの特にチェックはされなかった。
空港からMRTの駅に向かう途中、空港から台北駅まで乗れる往復分のトークン2枚と交通系ICカードのセットを購入。台北市内までは45分ほどで、乗り心地は日本の通勤快速と同じだがやや寒い。台北駅に到着し、複雑に入り組んだ地下を彷徨いつつ地上へと出る。
圧倒的な熱気と水がなす独特の香りに南国を感じ、俄然これからの日々が楽しみになる。ホステルの受付は英語なので困らなかった。比較的清潔で、男特有の匂いはないのがありがたい。
Night Marketでビールを飲む
道すがら台湾人の友達にチャットでおすすめの店を募集して、寧夏夜市まで20分ほど歩いた。途中、スーパーでビールを買ってまずはかき氷屋へ向かった。餅が乗っている上にきな粉味なので、ほとんど日本テイストだが暑いのでなんでも美味い。ビールを開けようかと思ったがあまりにミスマッチを感じたので断念。しばらく道なりに歩き、マップ上ではDeliと標示される店で、併せて400円でおこわと肉まんをオーダーした。ほのかに下水が香る路上で既にぬるくなったビールを開けるときが、今いる場所が日本ではないことを一番実感する瞬間である。
疲れているのか酔いが回るのも早く、一缶だけ開けた後再び歩いて宿へ向う。日付がもうすぐ変わる時間だが、車も人足も絶えない。冷水でシャワーを浴び、涼しいロビーでくつろぎながら明日の予定を勘案してから眠りについた。
道教の祈りと台湾の至宝
10時過ぎに起床し、近場の龍山寺までMRTで向かう。宿が駅に直結しているので迷わずプラットフォームまで行けるのが本当にありがたい。龍山寺はタオイズム(道教)の寺院として初訪問だったこともあり、その儀礼と実践の全てが新鮮に映る。やっていることの意味はわからないものの、とりあえず見て真似をする。比較的地元民も多いが、信仰心が残っているのか単に宗教が生活に溶け込んでいるだけなのかは分からなった。
今度はバスを使って国立中正紀念堂を目指す。手を挙げて乗るのだが、どのあたりにバスが止まるか分からない上にひっきりなしに来るので番号と行き先をみてアピールする必要がある。国立中正紀念堂は何があるというわけでもないのだが、めちゃくちゃデカく、周囲の庭園や草木によく手入れが行き届いているので散歩をしている人が多い。
近くのサンドイッチ屋で食事をとる。あまり空腹ではなかったので、明太子サンドイッチ1つと紅茶をオーダー。めちゃくちゃ美味い。中にキャベツと卵、鶏肉と明太子が入っておりボリューム満点。台湾料理ではないのだが、500円でお腹いっぱいになるいいランチだった。
続いて向かった行天宮もタオイズム寺院で、(単語ベースの)日本語による丁寧な解説も手伝って儀礼と実践の内容を理解できた。どうやら祈るのは名前と住所、そして生年月日を神様に伝えた後らしい。後日、友達に「神様は日本語で伝えても分かるのか?」と意地悪な質問をしてみたところ、「神様は頭がいいから大丈夫だよ」という人と、「神様はお金持ちだから通訳を横に置いているんだよ」という人がいた。お守りを貰って、それを持ちながら祈るとそれに願いが注入されるシステムのようで、見よう見まねで実践してみた。
2つほど願いごとをしてからあとにした。
白菜と角煮
今回、どうしても見たかった所蔵品のある国立故宮博物院をめざしてバスを乗り継ぐ。少し市街地から離れているので所用1時間弱だが、料金がたった130円なのがありがたい。本数と方法が豊富なので、10分も待てば何かしらに乗れる。
故宮博物院は少し山の上にあるため、風光明媚である。内部はよくある一般的な博物館だが、展示にデジタルをたくさん取り入れている印象。最大の目的だった白菜と角煮の石は思っていた5分の1位のサイズで拍子抜けしたが、むしろその精緻さが際立っていた。玉という非常に硬い物質を削り出す行為はとても神聖視されていたそうで、この白菜も単に鍋の材料だからというわけではなく子孫繁栄や豊作など願いが込められているらしい。
九份とナイトマーケット
2時間ほど滞在して、九份を目指す。時間に余裕があったので、バスで松山というターミナル駅へ行き、そこから鉄道と再びバスを乗り継ぐという300円の最安ルートを採択した。中国語は漢字から意味が類推できる言語ではあるのだが、音になるとさっぱり意味がわからないのでマップ言語が英語だと文字を想起できないのが痛い。
この旅はじめてのローカル鉄道を使ってみる。いわゆるコミュータートレインでそこそこに混雑しているものの、なぜか全く汗臭くない。素晴らしい。傾きはじめた西日に照らされた台北を東へひた走り、乗換駅のRuifangに到着。バスの停留所がなく彷徨っていると、その辺にいたおばさんが教えてくださった。どうやらバス停がないようで、(中国語なのでわからなかったが)「この辺に立ってろ」というようなことを言われた。数分後来たバスに乗り込み、めちゃくちゃに揺られながら山肌を縫うようにして登板していく。
途中、海が見えた。美しい湾内には、ところどころ船が浮かんでいる。私は断然山よりも海が好きなのだが、きれいな海を見るにはせっせこ山へ登らなければならないのは本当に皮肉である。
10分ほどで九份へ到着。薄暮の中で坂道を登る。古い街並みを見る、というより、細い路地に店がひしめき合っている中をもみくちゃにされながら歩くという状態なのであまりのんびりとした観光ではない。臭気(これが臭豆腐によるものなのか、それとも人混みによるものなのかは分からない)を感じつつ散策。疲れる。九份には日本人と韓国人しかいないので、どこの国に来たのか分からなくなってくる。すっかり日も暮れてきた。疲れたので復路は高速バスで松山駅まで戻った。
松山の観光夜市は、駅から少し歩いたところに一本道が700メートルほど続いており、道の両側と道の半ばにびっしりと店がひしめいている。コンビニで買ったビールを持ち、入口で大人気の胡椒餅を260円で購入。皮が硬めで肉もびっしり入っていて美味い。道の中ほどにある鶏排の炭焼きが気になったので並ぶ。顔ほどの大きさの鶏肉を揚げ、ソースをつけた後に表面を焼いてスパイスをかける料理がまずいはずもない。見ているだけで飲めるので、並びながら缶を開けた。
ストリート突端にある牡蠣オムレツを300円で購入した。こぶりな牡蠣がたくさん入っており、空芯菜と片栗粉、ソースが美味すぎる。ビールを買い足し、ぬるい風の中素晴らしい時間を過ごした。
列車で台北へ戻り、シャワーに入ってロビーで日記を書いてから眠りについた。今日はハイライトの台湾観光だった。
旧友との再会、最高の朝
翌朝、ライくんが宿の前まで迎えに来てくれた。彼は交換留学で来日していた際に講義のグループが一緒になりできた友達である。つくづく授業には出ておくものだと感じる。聞くところによると、家は新北だが彼女の職場がこのあたりなので土地勘があるらしい。「元気にしてた?」と聞いたら、「あんまり」とのことなので心配になる。どうやら会社に入ってから関j教変化によるストレスがすごいらしく、肝臓が悪くなったので酒を控えているらしい。本当に心配になる。「社会人にはならない方がいいよ」と言われた。とりあえず中山へ地下鉄で向かって、健康を気遣った朝食を食べる。蚤餅、小籠包、そして豆乳の典型的だが間違いのないセット。これが近所にある環境が羨ましい限り。
歴史的な街、夜の街などを回りながら地元民ならではのガイドをしてくれる。床屋のサインボールが逆回りだとそれは床屋ではなく別のサービスがある、など不思議な決まりが多く興味深い。こういうことを知れるのが、地元の人と歩くことで知れる視座であり、街歩きをしていていかに自分がそういった情報を見落としているのか自覚できる時間である。道すがらに150円で食べたルーローハンが今回の旅で一番美味しいものだった。
青草 という何だかよく分からないがミントのような爽やかさのある味がするお茶を飲みつつ、ライくんの彼女と合流するために中山駅へ向う。彼女とは初めてあったが、日系企業に勤めているため彼女も日本語が堪能だった。 土砂降りの中、定くんと合流。兵役中の彼は、日焼けしている上に坊主なので小学5年生のようである。定くんおすすめの店で自分の名前のはんこを製作。自分用とプレゼント用を作成した。自分で活字の海から目的の字を拾うのだが、これが思っているより見つからなくて辟易した。
台北人の衣食住を垣間見る
お土産を買いがてら、普段台湾人がどんな店で買い物をしているのか知るためにcarrefour へ行く。日本には無いので、ヨーロッパにいた頃を思い出して懐かしい気持ちになった。香辛料やお茶、即席麺などを購入。その後台湾の旧市街へ行き、台湾のルイヴィトンと呼ばれているおばあちゃんがよく使うカバンを購入。柄が中々に派手なのでいつ使えばいいのか迷うが、ここでしか購入できないと言われたので2400円で購入した。かなりの人が入っていたので、知る人ぞ知る名物なのだろう。手林坪というお茶屋で包種茶を飲む。烏龍茶よりも爽やかな味で、本当に美味しい。夕食は私がリクエストした鮮定味という熱炒(居酒屋)に行き、空芯菜や貝炒め、エビとパイナップルの揚げ物からカエル唐揚げまで暴飲暴食の限りを尽くす。全て美味い。会計はいくらだったのかわからないが、全て奢ってくださった。台湾ビールは総じてあまり飲みやすいものではないのだが、18daysという生ビールだけはとても美味かった。
小説をテーマにしたバー
豆花を食べてから、淡江という河口にある街までタクシーで50分かけて行き、バーに入った。先に熊本へ留学していたことのある定くんの友人が待っていた。このバーは村上春樹の小説『色彩を持たない多崎つくると彼の巡礼の年』をモチーフにしているらしい。残念ながら作品を拝読したことはないのだが、店内には落ち着いた空気が流れていた。小説から題をとった様々なカクテルを飲みながら夜通し話し、酔い覚ましに海にほど近い河川敷を散歩した。久しぶりに星空を見上げた気がした。
ワルシャワ生活の再来
10時に起床。今日は、私がワルシャワへ留学していたときにできた台湾人の友達とBBQをする日である。最初は公園かどこかでやるつもりだったが、食材や道具を運ぶ手間を考えて誰かの家を借りようという話になった。友人とルームシェアをしているが、今は同居人たちが皆帰省している(台湾では中秋の名月に長期休みを取って家に帰る習慣がある)のでJamieが家を貸してくれた。
最寄り駅へ向かい、朝食をとる。小籠包や大根餅。普段飲まない台湾料理とは美味しく感じるのは、食べ物がそこそこに脂っこいからだろう。こちらもお支払いいただいた。
家に向かい、他の面々が大遅刻しているのでのんびりする。一時間遅れで他の友人と合流。半年ぶりに会ったわけだが、あまり懐かしいという感じがしなかった。夕刻に近所のスーパーへ買い物に行く。免許取得から2か月のBrianが運転するスリリングなスクーターの後ろに乗って向かった。ビールと肉と、台湾らしい味のものを買い込む。何か料理を作ってくれと頼まれたものの、食材の特徴を知らないのでエビのアヒージョを作ることにした。
宴会、そして回想
火を起こしながらビールを飲みつつ、ネギを肉で巻いて串にさすなどしてBBQの準備をする。Brianは(もちろん未使用の)歯ブラシを刷毛代わりにして肉にたれを塗りながら、「ナイスアイディアだろ」みたいな顔をしていた。この感じ、寮での生活を思い出して懐かしいなと思った。モルドバや韓国にいる友達と電話を繋ぎながら久しぶりに話しつつ、今もこうして緩やかに繋がっていることは私たちの財産だなと感傷にふけっていた。
皆が口々にワルシャワの生活へ戻りたいと話しており、自分も強くそう思った。だが同時に、あの頃はよかったなと思わないように生きたいと思った。思い出も、これから先のことも全て私のものである。ここ最近は就職活動を通じて「未来のために、今、過去を切り売りする時間」が増えていた。そういった即物的なものに侵されないユートピア的領域に気づいたり、作り出すことができるのが旅である。過去の私がワルシャワへ行ったこと、今の私は台北で友達とビールを飲んでいること。これだけあれば、この先もなんとかなるような気がした。
夜分にルームメイトが帰ってきたので挨拶をしてから帰宅した。つくづくいい日だった。
猫の村へ
昼前に起床し、ライくんと彼女がおすすめしてくれた牛肉麺の店へ赴いた。わかりにくい場所にある上すさまじく年季が入っているが、500円で食べられることが信じられないくらいに美味い。
ローカルトレインで猫の村へむかう。今日は日差しも強く、また連日の飲酒で疲弊していたので熱中症気味だった。1時間かけて到着。非常にこじんまりとしているが、猫と猫グッズの店が集積している。人に慣れてはいるもののすり寄ってはこないのがいかにも猫らしい。2時間ほど戯れてから、再び列車に乗って松山へ戻った。
学生街と慈恵堂
ここらへんは学校が多いようで、下校中の彼らとよくすれ違う。気をつけて歩いていると文房具の店や書店をよく見かける。本当は学食に行ければよいのだが、下手すると不審者になりかねないので代わりに学生がたくさん入っている路面のル―ローハン店に入ってみた。貝と鶏肉で出汁を取ったスープとセットで450円。少しお腹を満たすにはちょうどいいサイズで、本当に美味い。大学周りにもこういう店が増えてほしい。
最後の夜
かなり坂を登攀しながら向かった先に松山慈恵堂はあった。今回の旅で訪れた寺院で一番荘厳で、場所柄観光客があまり訪れないところなので空気が澄んでいた。もう道教の作法は板についているため、また同じように願いごとをして後にした。
待ち合わせまで時間があったので台北101へ向かってみる。外から見るとたしかに巨大だが、お金が無いと特にやることがあるわけでもないのでウィンドウショッピングをしてから今日は学院の台湾人と熱炒へ向かった。
一昨日の店より安いがその分騒がしい。空芯菜の炒め物から豚肉まで、全てにニンニクが効いていて旨い。飲み直すために行ったBarは雰囲気があまりに高そうだったので尻込みしたが、お茶で作ったカクテルをサービスしながら英語で説明してくれたり、(最終日なのだが)Welcome to Taipeiということで店員の方からショットをいただいたりなど温かい店だった。学院の話をしながら飲むので、もう少しで夏休みが終わることを実感する。終電で帰宅し、この滞在最後のシャワーを浴びた。
土産と土産話
疲れが残る体で起床し、MRTで空港へ向かった。桃園国際空港は発着便数と利用者のわりにこじんまりしていて使い勝手のいい空港である。桃園に住むBrianが祖母特製25年物の梅酒とイタリア土産のお菓子を持って見送りに来てくれた。さすがにお土産の癖が強いのが頼もしいルームメイトである。容積に関するレギュレーションでそのままでは梅酒を持って帰れないことに悩んだ結果、コンビニでスプレーボトルを三本購入して詰め替えることにした。真っ黒いシロップのような状態の液体から甘酸っぱい香りが朝の空港に漂った。Brianは私がワルシャワを去った後も半年間残っていたので、そのときの寮生活や学校の話を聞いた。一昨日とはまた違ったなつかしさを感じた。
制限エリア内に入ってから何も食べていないことを思い出し、カフェテリアで豚肉の煮込みをかきこんで登場口に向かった。11時40分定刻、どんよりとした空にScoot873便が飛び立った。
日常へと帰還する足取りはいつだって重い。だが、不思議と後ろ髪を引かれなかった。明日から、また頑張ろうと思った。 (9月17日)
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