マレーシア突っ込んでいけ
思い返すと、小さいころから外の世界への欲求が強かった。
中学時代まで
やや教育に力を入れるお家柄なので、母方の祖母から日本地図のパズルをもらった。両親からはベタに学習机と、世界の国旗図鑑。
これらのプレゼントと、机の上の世界地図マットが僕の将来にものすごく大きな影響を与えた。
青森が日本の端っこにあったので、逆の端っこまで行ってみたいな~とか、東京ってこんなに小さいのに(パズルだと小さすぎるので神奈川とくっついてた)なんであんなに人がいるんだろ、とか。
その中で一番魅力的だったのは北海道。
なんてったってでかい。それに、家族旅行で函館に足を運んでいて馴染みがあったし、大好きな魚がいっぱいいたから。
小学校一年の時から、北の大地は憧憬だった。中学二年の時、ふとしたきっかけで北海道大学の存在を知ったので俺はこれ以外の大学には行かんと思ったくらい。
海外ロケをするような番組も大好きで、特にクレイジージャーニーっていう世界のマイナーなとことかアングラなところに写真家やジャーナリストが取材するのについていく番組は何度も見返した。佐藤健寿って写真家に関しては好きすぎて写真集買ったし東京の個展にも行った。
高校時代と英語コンプレックス
高校がSGH事業をやってたから海外に行くチャンスはあったものの、あまり触手が動かなかった。勉強をしにいくという建前があるから全然自由時間がなさそうだったし、事前準備がだるかったし。
でも、一番の理由は英語ができなすぎたから。リスニングで学年ドベだったくらい聞きとれないし、ALTの先生から話しかけられるのが怖くて目が合わせられないくらい苦手意識がすごかった。
大学に入ったら外国に行きまくろうと思ってるのに、英語ができない。それに加えて、コロナ渦でいつ外国に行けるのかもわからないから、英語のモチベも沸かない。
どうしたらいいのか本当に分からなかった。
大学生活と旅、海外への関心
旅欲はあったから国内の行きたいところは一通り行った。
これは大学一年の春休みに長崎行った時の話で、この出来事をきっかけに本気で英語に向き合おうと思った。
これ以外にも、日本各地で出会った人にめちゃくちゃ影響を受けた。
自分が辺鄙なところに好んで行くから、変わった旅人に遭遇する確率が高い。その人たちに海外への欲求を言うとみんなが口をそろえて、「絶対行った方がいい」って背中を押してくれるし、各々の日本ではできない海外経験の話もしてくれてすごく憧れた。
もう一つのきっかけは、三年から始まった授業で台湾人の留学生と友達になれたこと。留学生なんてスーパー意識高い人だと思ってたけど、案外普通に落単してるし、日本に来た理由もアニメ好きだからだし、お酒大好きで台湾の治安悪い飲み方教えてくれるし。あれっこんな感じなら俺でも留学行けんじゃねって思った。
直近二ヶ月の目標
だから後期は留学生サポータの仕事やってみるし、夏休みも大学の国際交流課のガイダンス行って面談までする。九月の帰省までに、親に自分の方針をきっちり話せるようにしときたい。
自分に留学志向が芽生え始めてることをゼミの教授に話したら、教授も自身が北大生時代に留学していたのもあって背中を押してくれた。
先駆けて、やっぱり一度海外に行っておきたいと思って今日フライトを取った。国際線を取るのは二回目(一年半前のバンコク行きはコロナで欠航したあげく航空会社が破産たから返金されてない、一年間 In progress)だけど、今回は目的が明確。
英語圏に行って自分がどこまでコミュニケーションとれるのか試したい。今まで媒体の向こう側にあったアジアの熱を感じたい。
その条件に合致した国がマレーシア。準英語圏だし、大陸ほど治安は悪くないけど文化交流点だからほどよく猥雑さが残ってるらしい。あと物価が鬼安い。
ちょっといやかなりミスって、クアラルンプールじゃないとこに着く便をとっちゃったあげく帰国するのが授業の初日だけどまぁいいや。
とりあえずマレーシア国内の地方部を中心に攻めてみようと思う。LCCだから荷物はリュック一つにまとめなきゃならないけど、それは国内旅で慣れてるから大丈夫。
往復の航空券47000円と、一週間の滞在費30000円で何が学べるのか今からすごく期待してるし、絶対後悔しない準備をしたいから俄然英語へのモチベが再燃してる。
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