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小市民にとっての「知的生活の方法」

以前「知的生産」をテーマにして、大したことないことを偉そうに書き散らかしてしまったが、実は「知的生産」と言われていつも悩むのが「生産するものがない」という悲しい現実である。

仮に生産するものがあったとしても、それを誰に向けて発信すればいいのか、発信して何を得たいのか。
そんなことを考えると、「知的生産」と言うことに熱心になることに馬鹿らしさというか、虚しさを覚えるのだ。

そんなことを感じつつあった(ような気がする)時に出会ったのが、あの「知的生活の方法」シリーズである。
少なくない本を読んできた人生の中で、影響の大きさと言う点からいえばかなり上位に入るシリーズである。と言うより、両書より上位に来るのは(趣味で読む本を除けば)ほとんどない。

ちなみに、手元にあるものの奥付けを見てみると、
本編:1995年8月25日 第59刷
続編:1995年6月19日 第24刷
とある。初版は本編が1976年、続編が1979年とある。
こうしてみると、いずれもこの時点(1995年)でかなりの増刷を繰り返したベストセラーで会ったことがわかる。
自分自身はこの頃は社会人になって数年経っていた頃で、身の回りにも大きな変化があった頃だ。よくそんな時にこの本を買ったなというのが率直な感想である。

なお、続の方はいつの間にか廃刊になっていたようだ。
でも自分にとってはこの二冊が1セットで、その後何冊も書かれた同氏の「知的〜」シリーズとは一線を画していると思う。

ちなみに、両書の背表紙に載っている「目次より」は、それぞれこんな内容である。

・自分をごまかさない精神
 「わからないこと」に耐える
・古典をつくる
 繰り返し読む/「半七捕物帳」
・本を買う意味
 身銭を切る/貧乏学生時代
・知的空間と情報整理
 図書館に住む/ファイルボックス
・知的生活の形而下学
 ビールとワイン/結婚

知的生活の方法

・日本の知的生活の伝統
 生活の中で学ぶ/知的生活の第三期
・知的生活の理想像
 蔵書とほほえみ/スポーツ・著作・社交
・仕事のしかたとライブラリー
 機械的な書き方/私的ライブラリーへの志
・知的独立について
 自立するための人生計画/擬似恒産としての就職
・知的生活と表現
 内省的気分/原文復元法

続知的生活の方法

まあ言ってみれば、あまり整理されていないというか、体系立てて説明されているわけでもない。「知的生活」についての本という以外あまり関連のなさそうなテーマが取り立ててはっきりした順序もなく載っているだけだ。

つまり、氏は本書を通じて、知的生活の方法論を整理して伝えることを目的としているわけではなさそうだ。

では、この本を読んで感じることは何かと言えば、「真剣に知的生活を送るとはどういうことか」に尽きる。

だから、本の読み方とかメモの取り方、まとめ方など知的生産関連の本では定番となっているようなことはあまり触れない。触れていても基本的なことしか挙げられていない。その中で本の読み方、ライブラリーの作り方についてはかなりこだわりを見せているが。

一方、酒を飲む、結婚生活、住居やエアコン、蓄財の仕方など一見知的生活と関係ないことまで踏み込んでいく。それぞれで触れていることは正直大したことがない。ただ、それら全て「知的生活を送るのはどうすべきか?」という観点で徹底されているのに凄みを感じるのである。
流石に、知的生活を送るに適した間取りまで構想した例は、ほとんど見かけないし、この時代にエアコンにこれだけ執着を見せる人もそういないだろう。そして、その理由の一つとして、部屋の埃を減らして知的生活を送りやすくするためとは。

今になって振り返ってみれば、購入した当時は「自分のキャリアを描くんだ」とか粋がっていた時期で、知的生活というのには程遠いというか、知的生活について思いも及ばない時期だったと思うが、それでも購入したというのは何か琴線に触れることでもあったのだろう。

実際に、その後両書とも繰り返し読むことになる。記録をみると、本編、続編とも4度読んだとなっている。それだけ読んで思いを改めることのある本だった。

しかし、渡部昇一という人については微妙なところである。
両書でもかなり保守的な面が見られて(特に女性に対して)、海外経験の多い人がこんなこと言うかと鼻白んだ思いがある。知的生活を送るに子供は不要、奥さんが知的生活を送るのは良いがあくまでも家事とかきちんとやって隙間時間にね、とか。今の時代にこんなこと書いたら吊し上げられるのではないかと不安に思うような内容が色々ある。
さらに、晩年になると右がかった方々の思想面でのリーダー的存在として祭り上げられるなど、あまりその姿勢に共感できるものではない(小市民は決してリベラルというか左がかった人間ではありません。悪しからず)。

ただ、それを差し引いても小市民の人生に大きく影響を与えた一冊であることに変わりはない。
この後、凡百の類書を読んだが、両書ほどのインパクトを与え、方向性を描いた書籍を小市民は知らない。


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