フィクションで少し美しくなる世界

雪国生まれのためか、雪は身近で、それでいて嫌なものだった。寒いし濡れるし滑るし積もった雪は重い。溶けかけで踏み潰された雪はべちゃべちゃと泥のような色に濁る。幼少期、冬はいつも鬱屈とした気分で過ごしていた。視野が狭い子供の頃は冬が好きな人なんてこの世にいないだろうと信じ込んでいた。

何歳くらいだったか正確には覚えてないが、多分12歳くらいのことだったと思う。「花帰葬」というゲームと出会った。ゲーム屋で見かけたPS2版のパッケージに一目惚れして衝動的に買った。結果、生涯において一生大切な宝物として心の中の棚にしまっておきたいフィクション作品のひとつになるのだけど、花帰葬の良さはまたいつか改めて個別に綴りたいと思う。とにかく私は花帰葬の世界にのめり込んだ。花帰葬の世界は、冬が終わらず雪が降り続けて滅びそうな世界が舞台になっている。やだな、と率直に思った。だって雪なんて寒いし濡れるし滑るし重いし溶ければ汚くなる。降っていいことなんてまるでない。それなのに、物語も開始早々に、あるキャラクターが「雪が好き」だと言う場面が来る。まずそのことに驚いた。私を含め私の周りには雪が好きなひとなんてひとりもいなかったから、世界中どこ探したっていないものなんだろうと思い込んでいた。そんなわけないんだけど、とにかく子供の頃はその感性が衝撃的だった。なぜその世界が雪で滅ぼうとしてるのか、なぜそのキャラクターは雪が好きだと言ったのか、そこに込められてる意味だとか語りたいことはいっぱいあるのだけど、それは一旦置いておく。結論だけ言うと、花帰葬をプレイし終わった後、私は冬が大好きな人間に生まれ変わっていた。世界が変わったとしか言いようがない。花帰葬をプレイした年の冬に感じる寒風も、一面の銀世界も、きっと去年となんら変わりないはずなのに、見たこともないほど美しい光景だと感じられるようになっていたのだ。魔法にでもかかった気分だった。それ以来ずっと、私は冬を、雪を待ち侘びている。いくつ歳を重ねても雪が降るたび花帰葬のことを思い出しているし、これからもずっとそうだと思う。

フィクションに価値観を大きく揺さぶられることは、恐ろしいことでもあると思うのだけれど、私はあの世界が変わったような瞬間をまた味わいたくて、今日もなんらかのフィクションを食べている。

いいなと思ったら応援しよう!