六本木212Design sightで反省モードになった「もじイメージgraphic展」感想文
六本木へは、あまり行かない。
ものすごくおしゃれな人達ばかりがいそうだし、ブランドでいっぱいの複雑な建物や人混み、夜の煌びやかなイメージがあり過ぎて。
行きたい展覧会には迷子にならないよう友人に同行してもらった。↓
このときはどうしても体感したくて森美術館へひとりで出かけた。↓
今なお世界各地で挑戦を続ける女性アーティスト16名(年齢は72歳から106歳まで!)の現代アート展だった。全員が50年以上のキャリアを誇り、出身地は世界14カ国におよぶ。
六本木から底知れぬパワーを持ち帰った。
こうして少しずつ六本木とお近づきになっていった。
文字への愛着
うちの本棚にこんな本がある。↓
いつからか、なぜだか「文字」が大好きである。
かと言って読書量がそれほど多いわけではないのだが、子どもの頃、流行りのおもちゃを買ってもらえなかった記憶と、当たり前にたくさんの絵本や児童文学の本たちに囲まれていた思い出がある。
大人になって購入したこの本は、1990年に出版された。フランス語の原題を直訳すると「文字・人類の記憶」になるそうだ。
メソポタミア文明で誕生した人類史上初の楔形文字に始まり、エジプトのヒエログリフ、中国の漢字。
必要とする文字の種類の数を数百から26までにした表音文字アルファベットの誕生、アラビア文字にも変化し宗教とともに世界へ分かれて伝播していく様子が生き生きと書かれている。
これらを解読してきた功労者たちについても。
ヨーロッパでは1000年以上もの間、僧侶だけが文字を書いていた。神話や聖書が描かれたものでは、もはや文字は絵の一部である。美麗なる写本の発展を経て、15世紀にグーテンベルクの名で有名な印刷術の発明へ。
資料編では世界各国の様々な種類のアルファベットの誕生から変遷、日本のカナ文字、中国語漢字や部首の図版がたっぷり。
さらに、何の上に書くのか?
骨や粘土、パピルス、羊皮紙、そして紙。
何を使って書くのか?
葦のペン、動物の毛の筆、羽ペン、金属のペン、そしてワープロ。
書の芸術としてカリグラフィーや書道が紹介されており、百人一首の下の句が書かれた絵札は美しい。
数字の図形的表現や、音楽を表記し記録する楽譜にも触れている。
文字の誕生からはまだ一万年足らずであり、人類200万年の歴史の中ではその200分の1にすぎない。
神の怒りに触れたのだと言われて納得してしまうほど、世界中の言語や文字はバラバラでもどかしくもあるが、文字で表現され続ける無限の書には、謎と魅力が満ちている。
こんな嗜好もあって、文字をテーマにしたグラフィックデザイン展があると知り、たとえ慣れない六本木であったとしても必ず行こうと決めたのだ。
もじイメージgraphic展へ
東京ミッドタウン内、港区立檜町公園に続く緑地「ミッドタウン・ガーデン」の中に建てられ、2007年3月に始動した212Design sightを今回はじめて訪れることになった。
くり返しマップの予習をするのは方向音痴界の常識だと思うが、六本木駅で指示通りの出口に向かうと〝212Design sight〟の案内が親切に間をおかずに現れて、迷わず到着することができた。
はじめに、展示室の入り口に吊られたモビールが出迎えてくれる。ゆっくりと動く細い金属の影が、ある瞬間文字に見える、という作品だ。
「アジア文字の道」「かな誕生」松田行正
展示室に入ると、世界地図をモチーフにして、その上をカラフルな矢印でどの国や地域のどんな文字がどのように伝わって移動したか、日本に漢字が伝わったかを描いた大きなグラフィック「アジア文字の道」がある。
その隣の「かな誕生」では、万葉仮名をくずして書いていくところからひらがなができたこと、偏や旁からカタカナができたことを、アニメの静止画を並べたような図とともに詳しい解説を読むことができる。
「日本語のかたち鳥瞰」永原康史 Bird's-eye view of the shape of the Japanese language
次に目を奪われるのは、展示室の大きな壁を二面使っての展示。
5世紀頃の木や石に彫られた古の文字からはじまって、少しずつ時代を追って変遷していく日本の文字を順に並べて表現している。
漢字や送り仮名、そのうち8世紀頃にはうにょうにょとした筆文字が混じり、次第に書道展などで見かける美しい草書文字が現れる。
古今和歌集辺りの余白には、文字だけながら絵画のような雰囲気を感じさせる。
そして日本でも、印刷技術の発展と共に文字は活字となり、江戸時代のかわら版では挿画と一緒に刷られていく。
明治27年開花新聞号外では、太く大きな漢字と、見たこともないくねり方をしたひらがなを混じえ、
「我艦隊 大勝利を得
敵猛火同じく 全市を燒咈」
と少しかすれて印刷されている。
時代が進んでいく。
「春琴抄」の一行の文字。
ボブ・ディランの歌詞の日本語訳の文字。
おなじみ写研の石井中明朝、ゴナB。
最後にはごく初期のRPGの選択肢のような、アップルコンピュータのビットマップ・フォント、OSAKA10ポイントが締めくくる。
祖父江慎による夏目漱石「こゝろ」初版本解説
ここでは、今日まで教科書に載っている文豪の1人でしかなかった夏目漱石の秘密を教えられた。
装丁に関心の高かった漱石は著作のデザインに積極的に関わり、「こゝろ」の初版本をはじめて自装したそうだ。
まず本が収められている函。そこには上向きのフォークがちょっと曲がった形「手」と、隣に「筆記具」と思われる1本の縦棒を持つ謎の文字が。
紀元前1000年頃に青銅器に刻まれていた「金文」という文字に似ているらしい。
これを「手が筆記具を手放した=遺書」
という創作文字と読み取ることができるという。
「心」のもともとの表題は「先生の遺書」だったそうだから、そうに違いないと思えた。
函から本体を取り出すと、表紙には表裏ぐるりと「石鼓文」という中国最古の石刻文字が描かれている。
表紙をめくると扉には、モノクロの漱石自筆の絵に朱色でこれまた最初の漢字書体「小篆」で心の文字がある。
それぞれの漢字についている名前もおもしろいが、ここまでこだわりを持つ夏目漱石と初対面してとても新鮮だった。
おまけに見返し裏には、朱色に白抜きで自筆のラテン語の文字が御朱印のように印刷されている。
「ars
longa,
Vita
brevis.」
古代ギリシア時代から語り継がれている、ヒポクラテスの言葉「芸術は長く、人生は短い」だそうだ。
グラフィックの海を泳ぐように展示は続く
冒頭の展示をいくつか観ただけで動悸がした。
何だこれ、何だこれ、おもしろ過ぎる!(文字好き故。)
文字、文字、イメージ、グラフィック!と頭の中がぐるぐるして気がつくとタイトル通り「もじ、イメージ、Graphic」な脳内になっていた。
もう、あとは身をまかせて楽しむだけだった。
見覚えのある、文字も色もデザインも気のきいた本たちも、同じデザイナーのものをそろえて並べると壁面が大きな作品のようだったし、ああ、この懐かしいポスター、くすっと笑えるコピーも、当時新しい風を感じてときめいたものだ。
映画のポスターやビジュアルはもちろん、マンガや絵本もしかり、愛するものたちの中にはいつも文字とイメージが混ざり合っている。
文字と絵のミックスは魅力的でおもしろく、興味をひいてつかんで離さない。そして胸を強く揺さぶったり、やさしく寄りそってくれる。
文字は写真や絵と一体となることで、持っている意味以上の意味を持つ。
とにかく商品を売ることを使命とする商業デザインの世界でもその力は絶大だ。(パッケージ買いとか。)
さらに「選挙に行こう」とか、例えばフェミニズムなどの社会運動において、人と政治をつなぐ力をグラフィックデザインで増強することに挑戦している作品もあった。
ひと休みできるベンチの横のコンクリートの壁には、ギターの音と文字と絵の数秒のアニメーションがいくつも、延々と映し出されていた。
感想は反省モード
全ての撮影が禁止されてはいなかったのだが、写真を撮るのもすっかり忘れて夢中になっていたため、表記も内容も文字だらけの記事になってしまった。
活躍しているデザイナーやアーティストの作品に囲まれて、自分の感性がしあわせに浸っていた。
何も知らなかったので、夏目漱石のクリエイターぶりは衝撃だった。
noteでは誰もがクリエイターと呼ばれる。
見てくださっている方々の顔は見えないけれど。
今回の展示で、昔々デザイン科で4年間を過ごしていた自分は、今の自分と同じはずでは?
そんなことを思った。
自分の絵や文を載せるなら、いま一度気を引きしめるべきなのでは?
と、いつになく自分を客観視してみたりして、もう少し背すじをのばそうと反省しながら帰途についたのだった。
図録。↓
最後に簡潔なディレクターメッセージの一部を。
やたらと壁面に水が流れたりする、ちょっと気取った六本木駅。出口から212Design sightまで、ゆるやかなカーブを描く散歩道も、木々のシルエットで選んだに違いないと思われる植栽が楽しかった。
「もじイメージGraphic展」は2024年3月10日まで。
ここまでおつき合いいただき、
thank you so much☆彡