2023.3 良かった新譜
Dispirited Spirits / Emma Aibara / Fall Out Boy / LIES / Liturgy / NMIXX / SATOH / that same street / Zulu
Dispirited Spirits - The Redshift Blues
(Album, 2023.3.10)
ポルトガルのIndigo Diasによるプロジェクトの2nd。天文学や宇宙への関心と憧憬をサウンドスケープに昇華させたダイナミックな楽曲を得意としている。
寂寞たるアルペジオと痛々しく切実なボーカルというEmoの必須エレメンタルを備えつつ、ポスト・ロックやインディートロニカ、さらにはジャズやプログレまでの各要素を分かち難く結合させる。ベッドルームから夢想する広漠な宇宙に、独り揺蕩う2023年型スペース・ロック。ある明確な主題を設定することで、ジャンル横断を「かまし」感なくやり遂げてるのが素晴らしい。エモかエモじゃないかとか、ロックかジャズかエレクトロかとか、宇宙のデカさに比べれば蟻同士の争いみたいなもんだもんな。10分前後の大曲でも時間を見事にコントロールし、圧倒的なスケールとエモーションを描く壮大な一枚。
Emma Aibara - i don't know who i am
(EP, 2023.2.25)
東京のロックバンド・Velvet Sighsのボーカルとしても活動するアーティストによる1st EP。00's EmoとBreakcoreの融合というユニークなコンセプトで、独自の音楽性を築いている。
PinkPantheressやNia Archives、そしてNewJeansによる、ドラムンベース/ジャングルを拡張するplanet raveの流れと同期しながら、その周回軌道外にあるゴシック・エモを衝突させるという、もはや事件的発明と言っていい音世界。「税は払ったの?」「イキリすぎ追放」(#4「fading away」)という、かなりギリギリのバランス感で詩の体を成す歌詞も良い。明らかにもっと聴かれるべきというか、もっと聴かれたら凄いことになるかもしれない一枚。
Fall Out Boy - So Much (For) Stardust
(Album, 2023.3.24)
シカゴ出身の言わずと知れたポップ・パンク・レジェンドによる5年振り8th。2009年の活動休止〜2013年の復活以降、チャートフレンドリーなポップ・ロックへと作風をシフトしていた(そして、それは商業的に大いに成功していたし、個人的にも嫌うほどの変化ではなかった)彼らにとって、本作はある意味10年振り2度目の「復帰作」と言えるかもしれない。
#1「Love From The Other Side」の時点で気合いが違うのは分かるだろう。歪んだギターと乾いたスネアが楽曲をグイグイと牽引する。その後を追う雄弁なストリングスに、名曲「Thnks fr th Mmrs」の残像を見たのは自分だけではないはずだ。
先行シングルにだけ往年のリスナーを喜ばせるサウンドを取り入れて気を引こうだなんてセコいことも無し。20代の彼らが試みた、エモから出発するポップネスの追求という挑戦を、アラフォーの彼らが引き受ける。熱い展開じゃないか。
ポップネスの追求? そうだ。彼らの活動は、例えガワが変わっても、ずっと普遍的なメロディーを探す旅だったとも言えるだろう。全編に渡り、驚くほど瑞々しいトップラインが走り続ける。原点回帰と、何がどうなっても変わらない芯のブレなさ。その着地点、Earth, Wind & Fire「September」風エモ・ブラス・ポップ#12「What a Time To Be Alive」によるあまりに真っ直ぐな祝祭に、思わず涙がこぼれてしまった。
LIES - Lies
(Album, 2023.3.31)
American FootballのMike KinsellaとNate Kinsellaによる新プロジェクトの1st。僕はAmerican Footballの大ファンなので、本隊の活動をストップさせて本作に注力している2人の様子をやや冷ややかに見ていたことを、ここに告白し懺悔したいと思います。
つまり、面倒臭いファンの手のひらを簡単に返させるくらいには、このアルバムは素晴らしい。とりわけ中盤以降、#5「Broken」から先の展開には圧倒される。うっとりしてしまうくらい美しいエモ・フォークという輪郭は保ったままで、記名性が高すぎるMikeの歌声・メロディー・アルペジオのかけがえなさを、ハウス、ヒップホップ、シンセウェイヴ、フューチャー・ベースといった異分野から照射している。確かにこれは、アメフトでもOwenでもない、新たな少人数のプロジェクトだからこそできる取り組みだなと頷かされた。
5月には来日公演も決定。コロナで中止になったアメフトのリベンジは!?と言いたくなるが、こういう時は黙っておいた方が良いということを僕は知ってます。
Liturgy - 93696
(Album, 2023.3.24)
Haela Ravenna Hunt-Hendrix(Vo./Gt.)率いるポスト・ブラック・プロジェクトによる6th。録音はSteve Albiniが担当。
1時間20分超に及び、複雑な哲学を持つ本作を、数回聴き通しただけで全体像を把握するのは正直難しい。が、Liturgyがメタルの、ひいてはポピュラー音楽の既成概念を大いに拡張し歴史に名を刻み得る存在であることは、一聴しただけで直感的にも確かな実感としてもわかるはずだ。様々な室内楽によるインタールード(ただし、単なる"繋ぎ"と片付けられるようなボリュームではない)と激しいバンド演奏が強烈なコントラストを描きながら交互に展開される。後者はほぼ常にブラックメタル的でありながら、"普通の"ブラックメタルである瞬間は皆無と言っていい。鬼気迫るオーケストレーションや複雑ながらも座りの良いリズム構成に身を委ねていると、本作は巨大ではあれど退屈ではない。「パンクmeetsクラシック」を志向したというアンサンブルにアルビニ録音が献身的に寄り添い、生々しい手触りと神秘性を共存させる。そこにグリッチの要素も加わるわけだが、その痙攣は、機械いじりで恣意的に起こされたバグというよりも、もっと切実で深刻で、凄惨で美しい悲劇のクライマックスのように感じられる(いわば、「オワルセカイ。コワレルキミ。」的な)。
NMIXX - expérgo
(EP, 2023.3.20)
2022年に結成された、JYPエンターテインメント所属の6人組ガールズグループによる1st EP。
これまでのシングル曲「O.O」「DICE」はいずれも、もはや混乱を招くレベルで大胆なビートチェンジと、卓越した歌唱力を遺憾なくアピールするようなハイトーンボーカルが特徴だった。が、今作ではその「エンミ節」を封印。しかし、#1「Young, Dumb, Stupid」のフランス民謡もとい「グーチョキパーで何作ろう」サンプリング&輪唱から幕を開け、#2「Love Me Like This」に顕著なリズムセクションを強調し贅肉を削ぎ落としたアレンジが多用される今作は、その途中式こそ足し算ではなく引き算になっているものの、依然として彼女達ならではの手の抜けなさ、独創性への生真面目すぎる執着が感じられて面白い。
NewJeans「Ditto」以降の空気感と、FIFTY FIFTY「Cupid」のグローバルヒットを実現させたイージー・リスニングへのフォーカシングを、NMIXXらしさを保ったまま取り入れるという試み(制作時期的にそれは偶然であるにしろ)が本作ということになる。「expérgo」というタイトルの意味は、ラテン語で「覚醒」。これから6人がより大きなステージに向かっていく、その重要な一歩目にふさわしい一枚だ。
SATOH - BORN IN ASIA
(Album, 2023.3.15)
LINNA FIGG(Vo.)とkyazm(Gt. / Manipulator)からなるミクスチャー・デュオによる1stフル。乱暴に言うと、Mall BoyzとRADWIMPSやELLEGARDENがストリートで出会ったみたいなアーティストだと思う。それと、Pavementみたいなユルさと愛嬌も時折覗かせたり。形式にとらわれない縦横無尽な好奇心と、ギターという楽器への偏屈な愛着を同時に飼い慣らしてて、そのスタイルへの自信がカッコいい。
BORN IN TOKYOでも、BORN IN JAPANでもなく、BORN IN ASIA。高い上空から着地点を見定める不敵な目線の先に何が待ってるのか、これから先も見逃せない。
that same street - Electric Angel
(EP, 2023.3.9)
moreruのドラマーとしても活動するDexのソロプロジェクトによる3rd EP。「Vocaloid Skramz」を標榜しているが、サウンドにハードコア要素は薄く、ギターロックとエレクトロポップを行き来する軽快な楽曲には爽やかさすら感じる。ただ様子がおかしいのはボーカルだ。
可憐な初音ミクの歌声と、Dexの絶叫。誤解を恐れずにはっきり言うと、これが本当にどうしようもなく儚いくらいに噛み合ってない。感情のままに叫ぶことの出来ないボーカロイドと、完璧に美しく歌うことの出来ない人間が、本来存在し得ないある道ですれ違う時、そこに立ち上る優しい悲哀。その無常さや空回り感、当人以外の誰にも理解されることのない感情の摩擦。これこそがSkramzの本質に近い何かなのかもしれない。
Zulu - A New Tomorrow
(Album, 2023.3.3)
LA出身の5人組パワーバイオレンスによる1stフル。重たいギターリフの応酬と、Anaiah Lei(Vo.)とChristine Cadette(Dr./Vo.)による獰猛な高低シャウトの畳み掛けが印象的なハードコア楽曲を、ソウルやレゲエのサンプリングと同一線上に配置することで、ブラック・コミュニティの歴史とハードコアシーン(に身を置くブラック達の連帯)を接続する。同時に、自身をリベラルと信じるハードコアリスナーの視野が実はまだまだ狭窄であることを暴露する。そして、ある過去とある現在を繋ぐことは、ある未来へのパスでもあるだろう。
Soul Glo「Diaspora Problems」やTurnstile「GLOW ON」のように、ハードコアの可能性を再発見し拡張する作品が、2023年もまた生まれた。15曲28分の鮮やかな革命。