2022.7 良かった新譜
ART-SCHOOL / Ben Quad / Crestfallen Dusk / fromjoy / Pyrithe / Sunrise Patriot Motion / Wormrot / yanagamiyuki / 明日の叙景
ART-SCHOOL - Just Kids .ep
(EP, 2022.7.13)
日本のロックバンドによる、4年ぶりのリリース。2019年春に木下理樹(Vo/Gt)の体調不良により全てのスケジュールをキャンセルして以来、3年のブランクを経ての活動再開となる。幅広いアレンジに挑戦してきた近作に対して、本作は最小構成のシンプルなバンドアレンジ。直線的なベースライン、反復するキャッチーなメロディ、叙情的なアルペジオ、木下のあどけなく危うい歌唱、痛みや喪失に美しさを見出す詩世界、どこをとってもザ・ART-SCHOOLな4曲だが、停滞や保身ではなく、再生のための手段としての自己模倣は(ザ・ART-SCHOOLな世界観とは対照的に)明るく前向きだ。多くを失い、それでも表現を続けることを選んだ木下のために、彼の帰る場所としてART-SCHOOLがあること。彼らの初の音源「SONIC DEAD KIDS」収録の「斜陽」のセルフオマージュのような「柔らかい君の音」のイントロは、家主を迎える優しい祝福のように聴こえる。
Ben Quad - I’m Scared That’s All There Is
(Album, 2022.6.29)
オクラホマ州の4人組によるデビューアルバム。5th Wave Emoですね。開放弦やタッピングを多用したマスロック的フレーズが冴え渡りまくるTiny Moving Parts直系トゥインクル・エモ。テクニカルなだけでなく、歌を立たせる場面ではちゃんと一歩後ろに引くこともできるギターワークが素晴らしい。しっとりとしたアコースティックナンバー、ミドルテンポな楽曲からシンガロング必至のファストチューンまで、幅広く佳曲揃い。強烈な特徴はないもののかなり総合点の高いバンドで、今後も期待できそう。#2「We’re Gonna Be Here for a While」は素晴らしいキラーチューンだと思います。
Crestfallen Dusk - Crestfallen Dusk
(Album, 2022.7.22)
テネシー州のブラックメタル・プロジェクトによる1st。ヒル・カントリー・ブルースからの強い影響を反映したブラックメタル、という一風変わった音楽性だが、これがずいぶん上手くハマっている。ブルースパートとブラックメタルパートの切り替わりはやや急で強引な部分もあるのだが、不思議と違和感はなく、ブラストビートで疾走する悪魔的なパートの存在が、一見暖かみのあるブルースパートにも不穏な影を落とし続ける。この謎の緊張感はこの作品でしか味わえないでしょう(ジャケットもこの空気感を上手く落とし込んでいて良いですね)。RAWなブラックメタルとブルースを同じ環境でプレイできるという発見が凄いし、気付いた時嬉しかっただろうな。
fromjoy - away
(EP, 2022.7.15)
テキサス州ヒューストンの4人組によるEP。ワーミーを駆使したフレージングとクロスオーバー感溢れるマスコアという、Vein.fmのフォロワーの域を出ていなかった前作から大いに舵を切り、ほぼ全編をアトモスフィリックなドラムンベース〜ブレイクコアが占める野心作。日本のアニメのセリフやJ-POPのサンプリングも飛び出し、VaporwaveやLolicoreの文脈まで感じさせる。本作だけをもって何かの達成と評価するのは難しいけど、いかにも次なるブレイクスルーへの過渡期といった趣でワクワクしますね。
Pyrithe - Monuments to Impermanence
(Album, 2022.4.29)
ペンシルベニア州ピッツバーグの4人組によるデビューアルバム。重苦しい粘性のうねりとカオスが渦巻く、アヴァンギャルド・スラッジ。徐々に減速してノイズだけを残したかと思えば突然変則ビートで疾走する#2「Glioblastoma」をはじめ、アルバム一枚を通して自由自在に時間を伸縮させまくっていて凄い。単純なストップ&ゴーでは表現しきれない有機的な混沌。
Sunrise Patriot Motion - Black Fellflower Stream
(Album, 2022.6.16)
ニューヨーク州ビーコンの3人組によるデビューアルバム。Killing Jokeに影響を受けたポストパンク〜ゴシックロックとRAWなブラックメタルの融合。享楽的なダンスビートの上を獰猛で不穏なスクリームとリフがのたうち回る様は折衷というよりはむしろ混沌であり混乱、だけどその歪さが美しい。#2「Warp of the Window」における妖しげなシンセとギターの官能的な絡み合い...!
Wormrot - Hiss
(Album, 2022.7.8)
シンガポールの3人組による4th。21曲を32分で駆け抜けるグラインド・コア。Discordance Axisのようなテクニカルでカオティックなリフと、ブラッケンドなブラストビート&トレモロフレーズを続け様に放ちつつ、テンポの良い展開と整備されたサウンドプロダクションで取っ付きづらさは感じさせず、一気にアルバムの世界に引き込む。その即効性の高さも優れているが、このアルバムの真価は、とりわけ#12「Grieve」以降の緊迫にあるだろう。1分40秒のインストゥルメンタルの冒頭、ヒステリックな弦の叫びから先はもう引き返せない。海をも裂くようなバイオリンの悲鳴が、ラストトラック「Glass Shards」で希死念慮がピークに達する(“Bring me death so I can close my eyes in eternal bliss“)と同時に美しい歌声として響き出すのは皮肉でありながら壮絶。オリジナルメンバーの一人であるArif(Vo)が今作を持って脱退。バンド自体は今後も活動を続ける模様。
yanagamiyuki - 私たちは生命への冒涜でしたか
(EP, 2022.1.19)
日本のボカロPによる、過去曲をリアレンジしたEP。エクスペリメンタルでほぼビートレスのトラックの上で高速ラップする初音ミク。その主語「おれ」「僕」「私」は、時折仮想の初音ミクからも現実のyanagamiyukiからも離脱した境界線から放たれる。アバターとプレイヤーが、ピアノロールという名のパレットの上で混ざり合い、見たことのない色になる。メタバースの先にある新しい倫理を(意図してか否かに関わらず)想像させる楽曲達だ。それは果たして生命への冒涜なのか?
Youtube公開時の楽曲リスト。送り手と受け手の文字コードの不一致により発生する「文字化け」は、音声合成ソフトに肉付けされた設定に過ぎなかった初音ミクという存在が、手にする人間により異なる意味を持つことの歪さによく似ている。
明日の叙景 - アイランド
(Album, 2022.7.27)
東京のポスト・ブラックメタルバンドによる2ndフル。サウンドプロダクションの方向性やアートワーク、コンセプトなど、あらゆる面で大いに外に開かれた作品であり、その目論見通り(?)国内外で大きな話題となっている。ブラックメタルと離れた言葉で表現すると、「a Soulless Pain(日本語叙情) + ヘヴィ・シューゲイズ + J-ROCK / J-POP」みたいな感触。
Kei Toriki(Gt)氏の、RAY・SAKA-SAMA・NECRONOMIDLEらへのアイドル作曲仕事が見事にフィードバックされているアルバムでもある。エクストリームながらも「アイドルっぽく」仕上げる提供ワークから一歩踏み込んで、その「アイドルっぽさ」を分解し明日の叙景というバンドの言語に翻訳した結果が、本作の「キラキラしてるが人懐っこくはない」「キャッチーだがわかりやすくはない」みたいな絶妙なバランス感なのではないだろうか。
J-ROCK / J-POP的なコードプログレッションを取り入れたブラックメタルというと、日本の怪談をテーマに据えた作品で知られるSAIDANなどが思い浮かぶ(「Jigoku: Spiraling Chasms of The Blackest Hell」は本当に傑作だと思います)。しかし、単なる異分野融合アイデアの具現化ではなく、確かな土壌と経験を元にした最適な選択として生まれたのが「アイランド」であるならば、本作はまさに「日本だからこそ生まれた」名盤と言えるかもしれない。
また、優れた作編曲・サウンドと並んで、本作を傑作たらしめている点は、その詞作だろう。煌びやかな夏の情景(あるいは夏への憧憬)が貫く群像劇。#5「歌姫とそこにあれ」で語られる"推し"に捧ぐ言葉、#6「美しい名前」のエモーション、#8「甘き渦の微笑み」や#11「遠雷と君」のストーリーテリングなど、どの曲も詩自体で成立するというか、むしろ単体で読み込むことで深みが増す詩ばかりなのだが、ブラックメタルのスクリームで何が歌われているのかを再生中に聴き取ることはとてもじゃないがほとんど出来ない。つまり、歌詞を「読みながら」聴くことが要求される。これこそがミソなんだと思う。
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