2022.2 良かった新譜
7777の天使 / BBBBBBB / birds fear death / dynastic / Jaron / kegøn / mizuirono_inu / paionia / p.s.you'redead / Pušča / 代代代
7777の天使 - Thousand Blades Our Wishes
(EP, 2022.2.21)
ポルトガル・リスボン出身のデュオによる3枚目のEP。名前面白い。エモラップ・ドリームポップ・オルタナ・シューゲイザー・ブレイクビーツ・EDMが、互いの輪郭を溶かしながら混ざり合う、光属性のエクスペリメンタル。いやむしろ、光の三原色が交わるとただ白くなるように、さまざまな要素を取り入れた結果、ボヤけた音像がシューゲイザーやドリームポップの姿形を取っているといえるのかも。過剰や誇張、無秩序が極まった末の世界を、ハイパーポップとは違う方向性で描く。
BBBBBBB - Victory Hardcore
(Album, 2022.2.16)
愛知県岡崎市を拠点に活動する自称「ヴィクトリー・ハードコア」ユニットによる1st。M3「G.N.B. Rave」では凛として時雨「nakano kill you」を大胆サンプリング、これ再生した瞬間100%の笑顔になっちゃった。その他にも「Get Wild」や「Through The Fire And Flames」をサンプリングしたM11「Wild Flowers」もインパクト大で、これは悪ふざけなのか真面目なのか判断が難しい...と思いつつも、凛として時雨やDragonforceみたいな、強烈な個性でシーンをぶち壊したバンド達を、15年ほど経ったいま再解釈する(しかも全くの異ジャンルから!)のは、ただ可笑しいという意味以上の面白さがある。それ以外の楽曲もとにかくエネルギッシュで元気な出るデジタルハードコア・ガバ。
birds fear death - livestream death compilation
(EP, 2022.2.4)
テキサス州ダラスのワンマン・エモ。WeatherdayやSTOMACH BOOKらとも交流があるようで、音楽性も彼らに通ずるローファイ・ノイズロック。2022年、いやここ1年間くらいでは一番リピートしてる音源だと思います。っていうのは5曲11分のコンパクトさもあるんだけど、それ以上に心のど真ん中にハマってくる感触があるので。傷だらけ、血まみれ、泣き腫らした目で、それでも振り返らず駆け抜けてくローファイ・音割れサウンドは、シューゲイズやノイズをエモーショナルと捉える今日的感性の最も直情的な表出と言っていいでしょう。自傷・自死を匂わせるリリックながら、メロディーはやけに明るくポップに感じられる。それは自暴自棄故なのか、それともどこかに希望を見ているのか...。
このEPを聴いて、シーンやジャンルを跨る自分の音楽の嗜好の解像度がグッと上がった気がします。俺、こういう音楽が好きだったんだ...っていう。
↑Bandcampのページ。連呼される歌詞が画面からはみ出ちゃってるのめちゃくちゃ良くない?
dynastic - I know there's something left for you
(Album, 2022.2.4)
サンフランシスコのプロデューサー。ポップパンク〜ポップロックとハイパーポップを往来するサウンドが特徴。方法論が確立されつつある直近のシーンでは、律儀に音割ってるだけではもはやただの真面目くんになっちゃうので、ハイパーポップ要素を浮気心として軸足がどこにあるのかハッキリしてることが大事なんだと思う。スカにハイパーポップを融合させたスタイル(自称「HYPERSKA」)で活動するEichlersのアルバムにも期待しています!
Jaron - it's hard to see color [When You're So Impossibly Far Away]
(Album, 2022.2.22)
ロサンゼルスのプロデューサーによる1st。2021年のPorter Robinson「Nurture」、San Holo「bb u ok?」、 Former Hero「footpaths」に続く、ポストEDM大作。ただ、オーガニックな要素が強めだった前述の作品に比べると、本作は(そのようなエッセンスは当然ありながらも)どちらかと言えば電子楽器・打ち込みの可能性の追求に比重が置かれている。それでいて作品全体の感触はポストロックに近い。自由だし壮大。この感じで10分越えの大曲をさらりとやるのも良い。
kegøn - youthquake
(EP, 2022.2.14)
日本のシンガー?ラッパー?による初音源となるEP。全曲本人によるプロデュース。歪んだギターをフィーチャーしたロックとメロディアスな歌唱で、(sic)boyとも通ずるフィーリング。ただ両者には明確な違いもある。音楽性と自身のアイデンティティが融和するポイントを、sic(boy)はヴィジュアル系に見出したが、kegønの場合はゲーム・アニメ・インターネットといったオタク趣味。つまり、この両者の共振は、ゴシックとギークが少なくとも今日においては対立するものではないということを示している。
mizuirono_inu - TOKYO VIRUS LOVE STORY
(Album, 2022.2.25)
2006年結成、東京の大所帯オルタナティブ・ロックバンド。一曲目から胃もたれしそうなほどカロリー全開の、強烈にヘヴィなアルバム。セカイ系と激情Screamoを飲み込んだ0.8秒と衝撃。というのが第一印象でそれは的外れでもないと思うんだけど、しかしその一言では説明し切れない混沌具合だ。
2021年、韓国のナードが一人で完成させた、エモーショナルなアニメや映画のサンプリングを交えたParannoul「To See the Next Part of Dream」のピュアな輝き。そして、2022年、日本のオタク集団が、悪趣味な欲望とネットミームを練り込んで産み落とした本作のグロテスクな魅力。その外面は全く違えど、両者が与える心地よい不快、もしくは不快な心地よさを、並べて語りたいと僕は思います。
paionia - Pre Normal
(Album, 2022.2.2)
不気味でややグロテスクなジャケットを見て、これは良さげなエクスペリメンタルなデスメタルかな?と思って聴いてみたら全然違った。そして聴いてよかった。
普遍的な良歌メロを乗せたオルタナ〜フォークで、時にシティポップにも目配せ(#5「終わらない歌が終わる日」は大名曲じゃないでしょうか?)する、下北沢的な邦ロック...なんて雑な括りに閉じ込めることはできない。気になるのはやけに不穏な空気を醸すコード感で、多くを望んでいるわけではないのに報われない状況への葛藤や焦燥を作曲に落とし込んで、さらに時代の閉塞感とリンクすることでとてつもない説得力を発揮している。Pre Normalというのは要するに「普通以前」という意味合いで、正常に戻ろうと苦しんでいる現状を表しているらしい。素朴な声が素朴故に悲痛に響く、2020年以降の新たな鬱ロック。
p.s.you'redead - Sugar Rot
(Album, 2022.2.25)
MikauとのスプリットやThe Queen Guillotined・Thotcrime・Kuramaとの4wayスプリットでも注目を集めたニューヨークのマスコアトリオによる1st。The Fall of Troyのカオティック成分だけを抽出したような単音リフや不協和音フレーズに、サイバーグラインド要素をトッピング。Sassyなボーカルとシンセサウンドで、今にもチャラくなりそうなところを、最後までひねくれたままやり切るところが良い。
Pušča - éphémère
(EP, 2022.2.16)
ウクライナの4人組ポストブラック。激情やクラストコア的な展開を取り入れたブラッケンド・ハードコアで、Svalbardに近いフィーリング。Seira(Vo)による不安定ながらも鬼気迫るスクリームは目を見張るものがあり、かつ、土着的かつ神秘的な妖しいクリーンボーカルと織りなすコントラストは唯一無二。また、2月25日には、ウクライナ軍へのサポートを目的とし、収益全額を寄付する2曲入りの音源をリリースしています(なお、彼らは手数料を回避する意味でも直接の寄付を推奨しています)。
ウクライナにもロシアにも素晴らしいアーティストはたくさんいて、彼らの作品が人々に届けられなくなるような世界にはなって欲しくないし、例え素晴らしいアーティストが一人もいない国であっても、権力者の決定によって市民が苦しめられる戦争が起きていいはずがありません。
代代代 - MAYBE PERFECT
(Album, 2022.2.23)
「SOLID CHAOS POP」を自称する4人組アイドルグループ。コアなことをやりつつも間口が広いというか、色んなジャンルのコアなリスナーに色んな形でリーチし得る音を鳴らしてる(自分はデジタルハードコアやテクノパンクが好きなので、その耳で聴ける)。
まずタイトルがめちゃくちゃ良い。MAYBEと添える以上PERFECTに向かいつつもそこに至ったと言い切れない理由があるってことだよな、と思って考えてみる。
それは、代代代がアイドルポップスをここまで何でもアリしてしまった以上、今後どんな作品をリリースさせてもリスナーはその先を求めてしまう=未だ見ぬ"完璧"を追い続けるだろうけど、今の"完璧"はここにパッケージされていて、その"完璧"はまだまだ上書きされ得る(かも)、という制作側の自信と気概の顕れのようでもある。
或いは、歌唱やダンスのエリートではなく、自作ではない曲をパフォーマンスする="完成"を知らないメンバー達(或いは全てのライブアイドル達)が、より高みを目指して活動を続ける心情の描写でもある。
もしくはもっとシンプルに、M4「まぬけ」で語られるような、人間の不合理な感情を表現しているようにも思える。
個人的には代代代の"掴みきれなさ"に凄味を感じつつも馴染み切れずにいたんだけど、本作を聴きながら上に書いたようなことを考えていて、含みを持たせつつも必ずしも回答を要求していない佇まいに気付いて、楽しみ方が分かったような気でいます。
最後に内容に戻ると、本作は、各曲のフレーズが作中の至る所で引用されるなど、アルバムを通して聴くことを前提とした(←これをアイドルでやったことはこれから重要度を増していくと思う)コンセプチュアルな作品である。が、同時に、2枚組で曲順が逆になっているという構造が、起承転結や引用シタ / サレ の関係を崩壊させ、鑑賞者が自己満足的に見出す意味や答えの脆弱さ(あーこれも「MAYBE PERFECT」だ)を暴いてもいて、コンセプトアルバムでありながら同時にいわばアンチコンセプトアルバムでもある。やっぱり、掴み切れない!