保育の質向上

◎"カリキュラムマネジメント"で保育の質を上げる!

今回の3指針・要領の改定は"保育の質向上のための改定"といわれている。[総則1-1-(1)-エ]には、「その職責を遂行するための専門性の向上に絶えず努めなければならない」という一文がわざわざ書き加えられた。そして旧保育指針の第4章の"保育の計画及び評価"が、新保育指針の総則3に繰り上げられた。

「教育活動の"質の向上"を図るために、教育課程をつくってカリキュラム・マネジメントをやっていこう」ということが、幼稚園要領と認定子ども園要領に書き込まれた。教育課程とは教育施設の目標や、求める子ども像、それを具体化するための計画の見通しなどを書いた学校の基本文書のこと。小・中学校の学習指導要領にも登場する言葉。この課程のことを英語でカリキュラムという。その課程をベースにして指導計画が作られ、実践、評価、改善、新しい計画作り、というPDCAサイクルが繰り返される。質向上のためにPDCAサイクルを効果的に回せるように管理することをカリキュラム・マネジメントという。

保育園は"カリキュラム・マネジメント"を"全体的な計画"と呼びかえて、質の向上をはかるように示されている。カリキュラム・マネジメントは教育界の専門用語で、保育所は学校ではないため保育指針にはこの言葉が入っていない。しかし、

[保育指針-1-3](1)全体的な計画の作成→(2)指導計画の作成→(3)指導計画の展開→(4)保育内容等の評価→(5)評価を踏まえた計画の改善
[保育指針-1-3-(5)-イ]「…一連の取組みにより、保育の質の向上が図られるよう、全職員が共通理解をもって取り組むことに留意すること"」

とかいてある。"全体的な計画"で意図されていることは"カリキュラム・マネジメント"と同じ。

◎評価ってどうやればいいの?

PDCAのC、"評価"にはそもそも次の2つの意味がある。

・evaluation(エバリュエーション):価値があるかどうかを見るもの

・assessment(アセスメント):必要な情報を読み取って省察する行為

小学校で成績をつける行為はエバリュエーション。混乱しないように、小学校以降ではこれは"評価"とはいわず"評定"といっている。患者などに対して必要な対応を探るための行為がアセスメント。医療や福祉の現場で使われる。

保育園で行う評価はアセスメントの方。園で行う評価と学校で行う評価は違う。目標の達成度を成績にして、優劣を意識させるような評価ではない。「今この子は何を願い、何に困っているのか」「今この子の何が育っているのか」を常に読み取る。そして保育を省察して改善するのが力量の高い保育者。行事は先にありきではなく、子どもの興味と必要性のアセスメントからスタート!

◎職員の資質向上

職員の個人的な努力よりも、園全体として組織的に取り組むことが重要。[保育指針-5]"職員の資質向上"では、旧保育指針にあった"自己研鑽"という言葉が削られ、その代わりに、"組織的に対応"という文言が盛り込まれた。一人の職員の学ぶ時間を確保するには全職員の理解や時間の調整が必要になる。一人だけが学んでもそれを周囲と共有できなければ空回りしてしまう。

施設長の役割の重要性が強調された。新保育指針では施設長に対して、旧保育指針よりも強い調子で「保育の質及び職員の専門性向上のために必要な環境の確保に努めなければならない」と書かれた。施設長が勤務体制の調整や研修の計画などを率先して進めなければスムーズに学びの機会は確保できない。「園が変われるかどうかは、施設長にかかっている」と言っても決して言い過ぎではない。

内外の研修への参加を強く奨励している。事例検討会などで日常的に主体的に学び合うこと、外部研修で得た知識を園内研修でみんなにシェアすることを喚起している。人手不足で厳しい状況があるが、なんとか実践できる方法を探らなければならない。レジュメ、タイムキーパー、短い時間、小グループごとなど工夫している園もある。

幼稚園と認定子ども園は法律として研修を定めている。教育基本法の中で研修の義務と権利が法的に保障されている。保育園は研修の義務と権利が法的に保障されていない。だから法律よりも下位の告示である保育指針に研修の記載がある。単に法的な枠組みの関係でこのようになっているだけに過ぎず、保育園の研修が軽視されてはならない。将来的には保育指針から研修の記載が消され、法律に格上げされることが望ましい。

◎おわりに

子どもたちに教育する内容を皆で議論することが大事になる。子どもが遊びを通じて自然に育っていくことを"形成"という。形成と教育は違う。教育とは、子どもたちの育ちにとってより大事だと思うような学びに導いたり、ときには子どもたちにこれは知っていてほしいということを教えたり、という意識性のある働きかけ。教育は意図を持って形成に方向付けをする行為といえる。しかしそうすると教育者の個人個人の恣意(自分勝手な考え)を押し付けることになりかねない。そうならないためにも、未来の社会に子どもたちに求められる知性や力を踏まえた上で、恣意でないものにするためにはどうすべきかを考えなければならない。

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