「信長 King of Zipangu」より、第38回『長篠の戦い』
NHKオンデマンドにて、「信長 King of Zipangu」を視聴しました。観たのは、第38回『長篠の戦い』です。かの「武田信玄」では描かれることのなかった長篠の戦い、「孫子の旗」が踏みにじられる光景には心が痛みましたが、戦いの火蓋が切って落とされる際の演出が、それはもう神がかっていました。この作品の脚本を担当しているのは、「武田信玄」と同じ、故・田向正健氏です。そのためか、「武田信玄」を思い出させるシーンが、随所に散りばめられていました。
その一つが、篠田三郎さんの存在です。「武田信玄」において、信玄公に信頼され重用された山縣昌景公を演じた彼は、本作では織田信長の家臣・稲葉良通(いなばよしみち)を演じています。出番は決して多くはなかったのですが、その存在感には光るものがありました。印象に残ったのは、信長が宣教師たちを招いて話をした際、戦(いくさ)について、自身の考えを述べるシーンです。
「戦など、なければない方がよいのじゃ」
日本とヨーロッパの戦争を比較すると、ヨーロッパの方がはるかに規模も大きいし、苛烈なものである、そう宣教師に言われて、ムッとしている滝川一益(柴俊夫さん)と対照的です。
「稲葉!! 日本の戦が軽く見られているのだぞ!!」と、鼻息荒く突っかかってくる一益を、良通は軽くかわします。
「まあ、よいではありませぬか」
うん、よいですね。戦争なんて百害あって一利なし、儲かるのは一部の輩だけですから。篠田さんのどこが好きと言って、知的で端正なお顔立ちはもちろんのこと、あの美声です。それでフッ…と笑われたら、魂わしづかみにされてしまいます。田向氏は、篠田さんを気に入っていたらしく、他のNHKドラマでも彼を起用していたそうですが、この点に関しては、「田向さん、こんな素敵な篠田さんを見せてくれてありがとう!!」と言わざるをえません。中井貴一さんをいじめたというのが事実なら、それは絶対に許せませんが。
さて、本編のクライマックスとなる、長篠の戦いです。濃霧たちこめる設楽原で、最強と畏怖される武田騎馬軍団の襲来に備える織田・徳川連合軍の面々は、ふと太鼓の音が遠くから響いてくるのに気づきます。勝頼の故郷に伝わる諏訪太鼓の音です。これから戦が始まるという状況であるにもかかわらず、かけ声とともにこれを叩いているのは子供たち。単なる演出の一環なのか、実際にそうしていたのかはわからないのですが、これが延々繰り返されるうち、濃霧のなかに騎馬軍団のシルエットが浮かびあがるのですが、このシーンが神。なので、何度でも見れます、何度見ても飽きません、その後の悲惨な運命を知っていてもー。悪いのは、そう、武田勝頼です。
「聞クトコロニヨルト コノ 武田勝頼トイウヒトハ 信玄ノ子供デハアリマシタガ 甲斐ノ生マレデハナク 母親モ信濃生マレノ側室ダッタタメニ 甲斐軍団ヲ統率スルタメニハ 適当ナ人デハナカッタヨウデス。ソノウエ 少々強引ナトコロモアッタソウデス」
この語りどおり、「信長」における武田勝頼は、脳筋気味の人物に描かれています。「武田信玄」の勝頼も、その頑迷さは相当なものがありましたが、こちらもこちらで、「武田騎馬軍団は世界一ィィィーーー!! 鉄砲なんぞに負けはせん!!」というゴリゴリに硬直した発想の持ち主で、織田・徳川連合軍の戦術を危惧する重臣たちの意見にまったく耳を貸そうとせず、家臣たちに怒鳴り散らす姿は、目を覆いたくなるばかりでした。
ともあれ、主君がこんな具合ですから、武田軍はみるみるうちにその数を減らしていきます。武田信廉(信玄の異母弟)や馬場信春が撤退を進言しても、聞く耳を持とうはしません。それどころか、鉄砲ごとき、馬防柵ごときに手こずっている騎馬隊が不甲斐なさすぎると言わんばかりです。
「敵は前面に二重の馬止めの柵作り、その後ろから限りなく鉄砲を撃ちかけてまいりまする! このままでは、騎馬隊に討ち死にする者増えまする!」(by 馬場信春)
「このままでは、わが軍勢全滅いたしまする!」(by 武田信廉)
重臣2名に執拗に食いさがられ、勝頼はますますキレます。
「なぜじゃ!!」(by バ勝頼)
馬場の話をどう聞いていたのだ、勝頼よ……。信廉はなおも言い募ります。
「敵の鉄砲にはなにかしかけがございまする! それを確かめるまで、兵をお退きくださいませ!」
必死の訴えは、やはり、勝頼には届きませんでした。
「わしがまいる!!」
「なりませぬ!!」
「叔父上!! 鉄砲を恐れるは武士の恥ぞ!!」
なにを言っているのか、こいつは……。信玄公も、草葉の陰で、「たわけが……」と苦虫を噛み潰したにちがいありません。
完全に頭に血が昇ってしまった勝頼ですが、そこにもたらされた悲報に、瞬時に我に返ります。
「申し上げます!! 山縣三郎兵衛さま、討ち死になさいました!!」
「なに、山縣が!?」
声をあげたのは馬場です。山縣三郎兵衛尉昌景が戦死した。その知らせに最も衝撃を受けたのは、まちがいなくこの馬場でしょう。
「信長め……。馬引けーい!!」
先ほどまでロジカルに主君を諌めていた彼はどこへやら、盟友を死に追いやった信長(原因を作ったのは勝頼ですが)への憎悪を瞬時に滾らせ、その場から走り去ります。
「馬場!!」
信廉が叫びますが、馬場には聞こえていません。信長憎しの一念に駆られ、自ら死地へと飛びこんでいきます。
「鉄砲など恐れてはならん!! 我らには、亡きお館様、信玄公がついておる!! 押し出せえええ!!」
言っていることが、先ほどとは完全に逆になっていますが、馬場は死に場所を見つけたのでしょう。山縣ともども、織田・徳川と戦端を開くことに反対だったという馬場は、勝頼を諫めるために、自らの命を捨てる覚悟をしたのだと思います。そして、彼にとっての主君とは、やはり信玄公お一人だったのですね……(涙) まあ、大将が「良薬、口に苦し」を理解できないちっぽけな人間なのですから、無理もありません。
かくして、「不死身の鬼美濃」と畏怖された馬場信春、設楽原に死す。実際には、馬場隊は最後まで戦線を保っており、勝頼が退却を始めると、彼のために時間を稼ぐべく、内藤昌秀とともに、迫り来る織田・徳川連合軍と力尽きるまで戦ったと伝えられています。西方浄土で敬愛するお館様と再会した際、「勝頼のためにようやってくれた」とねぎらいの言葉を賜わったことでしょう(涙)。そうあってほしい。
ところで、つい先日、「『武田信玄』のキャストで、長篠の戦いをスピンオフドラマにしてほしい」というコメントを見かけました。コメントされた方の気持ちは本当に理解できます。篠田さんの山縣昌景、美木良介さんの馬場信春、本当にかっこいいですし。「武田信玄」のスピンオフなら、さぞ見応えのある人間ドラマになるでしょう。夢の中でいいから、これは本当に見たいです。自分の号泣する声で目を覚ますんだろうな。
山縣昌景公と馬場信春公の墓は、愛知県新城市にあります。次回の旅行先が決まりました。
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