時刻表に乗る~大阪ー名古屋遠回りの旅~vol.5
5.特急南紀号の旅
新宮を出るとすぐ、熊野川を渡る。熊野信仰の源流となっている川で、日本の他の場所では見られないような、厳かな雰囲気が漂っている。
川を渡ると三重県に入る。
阿波田(あわた)を過ぎると、七里御浜に沿って列車は走る。全長22㎞に及ぶ日本一の長さを誇る砂礫海岸である。
熊野灘は穏やかで、先が見えないほど広々と青い海が広がっている。
熊野市には花窟(はなのいわや)神社と呼ばれる神社がある。
花の窟は、神々の母である伊弉冊尊(いざなみのみこと)が火神・軻遇突智尊(かぐつちのみこと)を産み、灼かれて亡くなった後に葬られた御陵であり、平成16年(2004年)に花の窟を含む「紀伊山地の霊場と参詣道」が世界遺産に登録された。
花窟神社(花の窟神社)は「日本書紀」にも記されている日本最古の神社といわれており、古来からの聖地として今に続く信仰は篤い。
熊野市を出発すると、列車は山間部をトンネルなどを抜けながら走る。トンネルを抜けると海岸線に出るというような地形を繰り返す。
途中、九鬼という駅を通過する。有名な九鬼水軍の根拠地となった地である。
九鬼氏の祖は、熊野別当を務め、熊野水軍を率いた湛増(たんぞう)にさかのぼるという説がある。当時は志摩国英虞郡に属していた九木浦(現在の九鬼町)を根拠地とし、鎌倉時代から、南北朝時代、戦国時代と活躍した。
戦国期には当代の九鬼嘉隆が織田信長に属し、鉄鋼船を建造し、毛利水軍を破るなど、戦国期最強の水軍を率い、大いに活躍した。
この辺りの地形は、リアス式海岸となっているが、「尾鷲」の名前の由来もそこにあるようで、紀伊山地が熊野灘に沈水して生まれたリアス式海岸は「山の尾の端」から「おわし」と転訛し、これが尾鷲の由来であると言われているそうである。昭和29年(1954年)の市制施行から正式に「おわせ」という読みに変更したそうだ。
多気(たき)というのもなかなか変わった地名であるが、郡名の「多気」を採用したものであるそうだ。語源には、竹が生育する地域であったことから、「竹郡」と命名され、後世に「多気」(たけ)の字が当てられ、
更に読みが「たき」に変化したという説や、古語の「多木」(たき、食物の多くできる土地の意)に由来するという説、動詞「たぎる」(勢いよく流れる、水が湧き出す)に由来するという説など様々な説があるそうだ。
さすがに、伊勢神宮が近い地だけあって、名前の由来や歴史も奥が深そうである。
津は何といっても、一文字地名で有名な街である。駅名標のひらがなの「つ」がウナギのように見える。
「津」とは、「船舶の碇泊する所。ふなつき。港」の意味である。古くは安濃津として文献にも記される良港であり、平安京にとって重要な港だったことから単に「津」とも呼ばれていた。
江戸時代には、津藩藤堂氏の城下町として栄え、かつ、伊勢参りの宿場町としても栄え、伊勢音頭の歌詞に
「伊勢は津でもつ 津は伊勢でもつ 尾張名古屋は城でもつ」
と歌われるほどの活況を呈した。
鈴鹿サーキットで有名な鈴鹿を過ぎると、四日市の工業地帯に入っていく。
桑名は、古くは本州の太平洋側における上方文化圏(京都文化圏)の東端の地であり、尾張以東の東日本文化圏との接点の地でもあった。
室町時代には商人たちによる自由都市げ形成され、堺、博多、大湊と並ぶ港湾都市となり、商業、海運の中心地として大いに栄えた。
戦国時代に、織田信長の侵攻により、自治権を奪われるが、江戸時代になると、東海道42番目の宿場町として、また、桑名藩11万石の城下町として大いに栄えた。
この辺りまでくると、名古屋の通勤圏であり、南紀号が走っている関西本線もたくさんの普通列車とすれ違う。
関西本線は近年まで、名古屋近郊にありながら非電化路線であったが、現在では、亀山まで電化され、近鉄名古屋線との熾烈なライバル争いをしている。
終点名古屋が近づくと、JRの車両基地が見える。出番を待つ車両たちがしばしの眠りについている。
大阪から7時間30分という、大旅行であったが、無事終幕を迎えられそうである。辺りは西日が差し込み、夕方の雰囲気である。
かつての大特急「くろしお号」が走破した経路は、日本の起源に想いを馳せることのできる素晴らしい経路であった。
日本の源流に流れる何かの片りんに触れることができたような、なんとなくすがすがしい気分で、名古屋駅12番線ホームをあとにした。
了
〔表記の仕方について〕
※時刻表や地図帳に基づく事実については、グレーの引用四角で囲って表記した。
※それ以外の内容については、原則的にフィクションであるが、街の紹介や、参考文献に基づく歴史の紹介は事実に基づくものである。
〔参考文献〕
・JR時刻表2024 7月号 (株)交通新聞社
・全国鉄道地図帳 昭文社
【今回のマップ】
【ここまでの旅路】
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