見出し画像

時刻表に乗る番外編 路線あれこれ #14   函館本線③

瀬棚線・岩内線

瀬棚線(せたなせん)
●概要
国縫(くんぬい)ー瀬棚 48.4㎞
開業 昭和4年(1929年)
全通 昭和7年(1932年)
廃止 昭和62年(1987年) →バス転換
岩内線(いわないせん)
●概要
小沢(こざわ)ー岩内 14.9㎞
開業 大正元年(1912年) 全通
廃止 昭和60年(1985年) →バス転換

地味な路線ながら函館・札幌からの直通急行も走った路線

 瀬棚線は長万部から二駅函館側の国縫(くんぬい)を起点とし、噴火湾と日本海側の瀬棚を結んだ路線です。
 昭和4年(1929年)に花石までが開業し、その3年後の昭和7年(1932年)に瀬棚までが全通しました。
 路線が通過する途中の町である今金から瀬棚の乗客が多く、区間列車も設定されていました。昭和59年(1984年)までは函館からの直通急行「せたな」も運行されており、需要がそれなりにあったと思われますが、国鉄再建法の第二次特定地方交通線(輸送密度が2000人/日未満)(813人/日)に指定され、昭和62年(1987年)に廃止されてしまいました。
 岩内線は倶知安から札幌側に一駅の小沢(こざわ)から日本海側の岩内までを結ぶ路線です。
 大正元年(1912年)に岩内軽便線として全線が開業し、大正11年(1922年)に岩内線となりました。
 岩内はニシン漁で栄えた町であり、岩内から西側は長万部から札幌側に一駅の黒松内まで函館本線の勾配区間の回避路線として計画もされていました。しかし、計画は実現せず、岩内どまりの岩内線のままとなりました。
 昭和53年(1978年)までは札幌からの直通急行「らいでん」や貨物列車も運行されていました。
 岩内線も国鉄再建法の第一次特定地方交通線(①営業キロが30㎞以下の盲腸線(行き止まり線)かつ輸送密度が2000人/日未満もしくは②営業キロが50㎞以下かつ輸送密度が500人/日未満)(岩内線は853人/日で①に該当)に指定され、昭和60年(1985年)に廃止となりました。

瀬棚線・岩内線関係路線図(令和6年(2024年)現在)
凡例:ピンク(現存),青(廃止)

瀬棚線・岩内線を走った優等列車

急行 せたな  函館ー瀬棚 昭和59年(1984年)快速格下げ
急行 らいでん 札幌ー岩内 昭和59年(1984年)廃止
        岩内まで直通したのは昭和53年(1978年)まで

次回へつづく


〔参考文献〕
・JR時刻表2024 7月号 (株)交通新聞社
・全国鉄道地図帳 昭文社
・駅名来歴辞典 国鉄・JR・第三セクター編 石野哲著 JTBパブリッシング
・日本鉄道旅行歴史地図帳 北海道 [監修]今尾恵介・原武史 日本鉄道旅行地図帳編集部[編] 新潮社
・鉄道ジャーナル 2021年4月号



いいなと思ったら応援しよう!