惑星の心持ち


途中まで書いて、

この、出てってしまう感、文字にすると実感が薄れてしまう感に

あーやはり絵で!絵で描く前に消えないでほしい・・・

と思って描いてみたけども―全然描けない

とっくに薄れているやら画力が追い付かないやら

へこむ。

しかたない。

もう何十年も前の話なので。

だからこの記憶も、今この時点からの想像なのかもしれません。

エッセイ風ファンタジーです。


今はもう、私が知っている物ごとなんてきっと、わりと知られてるだろうと思うけど

ちょっと前までは書かねばならぬう~みたいになっていた。

いやいや、ないよ。そんな義務

ただしかし私がとっておきたいだけいつでも





昔々、とある島によく行ってたことがあって

高校生の頃から数年間、夏になるとその島の

友人のご実家に滞在させてもらっていた。友人もご母堂も大変おおらかな人で

私の友人も皆友人になり、3人ぐらいで数週間泊まらせていただいた。

今思うとなんと寛大な方々・・・。お礼のプレゼントなど後にしましたけど、自分がその立場だったらちょっと無理。笑

そんなに人がずっといたら無理。

そういう、団体生活が苦手な私でも、人と暮らす訓練みたいな時期を過ごさせてもらえた。

いやいや、楽しい訓練でしたけどね!それはやはり島の美しさと周りの人の良さがあったから。今頃感謝がもりもり湧いてきた・・・なんかごめん。

私はその頃長い思春期でまるで自信がなく時間だけがあった(いやもうそれがすべての財産でしょ。今はそう思いますよ)。

周りはいつだって大楊で優しく、何も難しくなかった。

難しくねじっていじけくれていたのはいつでも私だった。

(ちょっと前までその昔の私に対して、お前さあ~(嘆息)・・・みたいな気持ちがあったのでそんな匂いの文章↑ですがそれも消えた。わりとフラット。)

それにしてもそれにしても

海の美しかったこと!目を閉じて思い出す。もう色と、あの うわっ、という気持ち


う、ごめ、やっぱ描くわ そんで飾る

私は絵がいいんだよ 

どっちもうまくないんだったら、絵。


…と思って描いたら冒頭のありさまに・・・。

戻ってまいりました。



海で毎日のように泳いで、私、ほとんどの運動がだめなんだけど

泳ぐことだけは少しだけ、スイミングにほんの少しだけ通わせてもらっていたことが感謝。おかげさまでほぼ抵抗なく海で遊びまくっていた。


でもある年、海の準備を水着しか持って行かなくって、友達の古い水眼(水中メガネ+シュノーケルのことを島の子たちはそう呼んでいた)を借りたら、劣化していたのかサイズが合わなかったのか、少しづつ水が入ってくるので

その年はあんまり無茶できなくて、ああーちゃんと買って持ってくればよかったな~と残念に思ってた。

なので、友達の母上のなかよしの地元の方が持っていたボートに乗せてもらって、外海に出て、潮目の上をビュンビュン飛んで

ジェットコースターみたいな船遊びをして、小さな港のある入江まで帰ったあたりで、これまたシュノーケリングしていた別の地元の方にたまたま会い、その人が、大きな海老が海からしか上がれない岩場で産卵してるよ!って教えてくれた時

皆は何百メートルか先のその岩場まで泳いで見に行ったんだけど、私はそこにたどり着けなそうだったんで

エンジンを止めたボートで待っていた。一人で。

入江とはいえ岸は遠く、海底までクリアに見えても相当深い海の真ん中に私一人だった。

凪て静かで波の音も静かだったと思う。ボートの揺れる水の音と、潮のいい匂いだけ。毎日海水に漬かって、今日も海から上がったばかりの私もほぼ海の匂い。

遠くの岸壁にある朽ちかけた戦跡が見えた。たしか砲台だったと聞いたと思う。太陽が濃くて全部くっきりしていた。日差しが熱くて痛いけどそれも楽しかった。自然も、ぼろぼろに錆びて木切れのように茶色い鉄の塊も、全部濃かった。

海の上はただただ美しくて、少し心細くともさびしくはなかった。ちょっとほっとしていた。

そうだ、こちらに来てから全く一人の時間がなかったのだ、と思い出した。

それから私はなぜか小学校の教室を思い出してた。教室とここだったら、

教室の方がさみしかったな

あんなに人がいたのに ははは

まあ仕方なかった。仲よくなり方を知らなかったんだもんねえ。


そして今思うと、島に来て毎日楽しかったんだけど、緊張していたんだな、と思う。全部が濃かったので。

景色も自然も空気も、人情も親切もあけすけな感じも全部内地より濃くて

慣れれば楽しかったが、そんな風に子供のころから人見知りで自分が好きじゃなくて(その当時の話です。)そう陽気でもない私(それは今もだな)にはなかなか、馴染むのに気力が要った。


海の上に一人きりでいる方がさみしくないとは。

その時はちょっと自嘲的な気持ちでいたと思う。思春期だから。



・・・なんだけど

ずっと気配がした。あれ、と急に気付いた。

誰もまだ帰ってこない、姿も見えない、

でも私以外の誰かの気配としか思えない何かがいた。



この島は戦地だったんだから、もしかしたらその時代の亡くなった人々のいわゆるあれだろうかと思ってちょっとこわくなった。この島に来るようになってから、地元の子が近所の坂道で兵隊さんの幽霊を見たっていう怪談話を何回も聞いた。

でもそれにしちゃあ明るい。気配が。

自分がそんな暗め思春期まっしぐらだったもんで、その「私でないもの」の

明るさに気づいた。

悲しみが微塵もない。なんだろう。ずっと考えた。




なんか瞬間、地球だ、と思った。これは地球の気配。

ガーンっていうほどひらめいた感があった。

そしてその気配には性別があった。女性。


はあ~~~母なる大地とかいうのマジじゃん!それじゃん!

ガーンてもうなって、ファ~ってなってしばらくいた。


そのままずいぶん経った気がしたけど、それでも誰もまだ海老観察から帰ってこなかった。


黙っておこうと思った。誰にも説明できない


やばいやつだろうそれ

それでなくてもうっかり余計な事を言うとポカンとされるので

そういう時はなかなか恥ずかしいし


理屈じゃないので仕方ない。だからどうだ、と言えることもなかった。


皆そのうち帰ってきて、海老の話を聞きました。話の詳細は覚えてないが

まるで見たかのように、今でも暗い岩場の大きな海老が見える。

(本物の美しさはわかりようがないけど・・・海老も見たかったよ!)



それから今でも事あるごとにその気配を思い出す。(海老じゃないほう)

でも「感じた」ことはあれきりだと思う。思い出そうと思えばできるが

あの、勝手にきた感はないような気がする。

でも気のせいじゃない。ていうか全部気のせいだろ。

私が感じていることを

証明することはできない上、誰かに追体験「させる」ことはできないし、

仮にできたとして、これがあなたの言ってた感覚でしょー?といわれても私がさらにその人の感覚を追体験して答え合わせすることもできないのだもの。

テレパシー、すらも


まあ正しさ探し話はいいです。


私はその気配の持ち主が好きだった。

でも向こうは特別に私を好きなわけじゃない 笑。

特別に見せてくれた・・・とかいう話でもない。

そんなケチくさい相手ではないことを感じていた。

停電になったら星がよく見えた、とかそういうのと同じ

ものすごく、他の音と、他の生きものの気配を引き算した状態だったから気づいただけだった。いつもずっとある。なぜなら私は常に地球上だから。
一人になりようがなかったのだもの。

私がずっと気づかなかっただけ。でもそれは私を見ていた。

それは全員を見てるのだ。


でもすぐ忘れちゃうんだよねー!どうも自分で思ってるより

賢くないらしくって!(|_(´∀`)_|オテアゲ)

だから書いときました。


さて先日もその気配を思い出して、なんとなく記憶をたぐって言語化してみていた。

感覚だからな・・言葉にするのむずかしい。でもあるはずだ、

あの存在感?かたまり感?かたまりというか内包されてる(私が)状態

を表す言葉。どれだどれだ


長くなりましたので続く。(たぶん)


11/20

続きです。ちょこっと体がしんどかったのでお休みをして

(生活全体)。

白湯と林檎が美味しくてしょうがありませんでした。笑

クラブアップルはフラワーエッセンスにもありますね・・・

浄化がテーマだったような。体調が芳しくない時だけリンゴが食べたくなる私なので

すごく納得だわ、といつも思います。エッセンス飲んでは無いけど。


さてその言葉、自分の感覚を照らしながらどれだどれだって見ていった


その存在を表す言葉 その存在を感じた時の印象。以下です。


おもしろがりで、ユーモアのようなもの、ちょっと腹の底からウフッてこみあげてくる愉快さ

おおらか

ほしがってない

ただ見てる 讃えてる でも大仰じゃない

讃えてあたりまえ 取りざたしてない

やさしいともちがう 状態だ

愛、なのかもしれないけどそこまで能動的じゃない

エモくはない

笑いを含んでる

動きはない

この私を特別どうこうというんじゃない

我がない どれでもいい 全部私というかんじ(これを書いてる私が、じゃなくてその存在ね)

好きというのとも違う


と思いつくまま書いて、これは違うなーという感覚を取り除いたら

それは 満足 が一番似ていた。


へー満足! 私はこんなにあれこれ足りないと思って

一人てんやわんやなのにな!


・・・と思ってる私(当時はさらに頑なでしたし)だから気づいたのかも。

あまりに私と違う、その心持ちの良い違和感に。

じゃあそれはそれでよかったんだ。あんなに小さくなっててもね。



言葉にしたらその存在をもっととらえられるようになった

どのへんが満足なんだか私にはちっともわからないけど 笑

その感覚だけは思い出せる。愉快で大好きな憧れの友達のような存在。





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