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『短編小説』新しい朝だ。

 新しい朝が来た。

 目を覚ますと、カーテンの隙間から細い光が差し込んでいた。昨日と変わらない部屋、変わらない天井、変わらない生活。それでも、新しい朝だという事実だけは変わらなかった。

 ベッドから起き上がり、冷えた床に足をつける。昨夜の夢の残滓が脳裏にこびりついているが、それがどんな夢だったのかは思い出せない。覚えているのは、ただひたすら何かを求めて歩いていたということだけ。

 キッチンへ向かい、コーヒーを淹れる。湯気が立ち昇り、ゆっくりと空間に広がる香ばしい匂い。ふと、新聞の束が目に入った。昨日までのニュース、過ぎ去った出来事たち。世界は常に動いているのに、自分だけが取り残されているような気がした。

 窓を開けると、冷たい朝の空気が頬を撫でる。街はまだ目覚めきっておらず、遠くで車のエンジン音が響くだけだ。隣のアパートのベランダには、洗濯物が揺れている。生活の痕跡。それを見ていると、どうしようもない孤独感が胸を満たしていく。

 携帯を手に取る。誰かに連絡しようかと思うが、画面を開いたまま指が止まる。誰に? 何を話せばいい? しばらく逡巡した後、ため息とともに携帯を机に置いた。

 ふと、昨夜のことを思い出す。仕事帰り、コンビニで缶ビールを買い、適当に選んだ惣菜とともに食べた。テレビをつけても興味のある番組はなく、スマホを眺めても特に目を引くものはない。結局、何もないまま夜は過ぎ、いつの間にか眠りに落ちた。

 そう、昨日もこんなふうに始まり、こんなふうに終わった。

 それでも、新しい朝が来る。

 洗面所の鏡を覗き込む。目の下には薄い隈ができていた。手でこすってみても、それは消えない。もう何日もまともに眠れていない気がする。

 だが、今日こそは違う一日になるのだろうか。

 シャワーを浴び、服を着替える。昨日とほとんど変わらない服装。ほとんど変わらないルーチン。それでも、玄関の扉を開けると、一瞬だけ新しい空気が胸に流れ込んだ。

 階段を降り、アスファルトを踏みしめながら歩く。

 新しい朝だ。

 それだけが、確かなことだった。

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光治(みつおさむ)
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