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『短編小説』光

 原稿用紙に向かい、ペンを握る。だが、一文字も書けない。五十嵐透は、作家を志して十年目の春を迎えていた。

 書いても書いても鳴かず飛ばず。新人賞は一次選考止まり、持ち込みの編集者には「才能は感じますが……」と決まり文句を言われ続けた。そんな日々に嫌気が差し、昨年は一度筆を折った。しかし、結局戻ってきてしまう。書くこと以外に何もない自分が、書くことをやめられるはずもなかった。

 カフェの片隅で、冷めたコーヒーをすすりながら、ノートを開く。彼の脳裏には、かつて憧れた文豪たちの姿が浮かんでいた。太宰治、川端康成、谷崎潤一郎……彼らも苦しみながら書き続けたのだ。自分だけが辛いわけじゃない。そう自分に言い聞かせながらも、焦燥感が募る。

 ふと、隣の席から楽しげな笑い声が聞こえた。若い女性がスマホを片手に、友人と話している。

「この小説、めっちゃバズってるんだよね!」

 画面には、SNSで人気のウェブ小説が映っていた。彼は愕然とした。何十年も前の文豪に憧れ、文学性を追求してきた自分とは対照的に、今の時代は手軽に楽しめる作品が求められているのだ。

「時代遅れなのか……?」

 苦悩する彼の指が、無意識にノートをめくる。そして、ふと気づく。自分は何を表現したかったのか? 文学にこだわるあまり、大切なことを見失っていたのではないか。

 彼は新しいページを開いた。固定観念を捨て、自分にしか書けない物語を書こう。そう思うと、不思議と筆が進んだ。原稿用紙に、最初の一行が記される。

 ——『売れない作家が最後に見つけた光』

 新たな挑戦が、今始まる。

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光治(みつおさむ)
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