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『短編小説』銀河鉄道の夜みたいな夜

 雨上がりの夜、ふと足を止めた小さなバーがあった。扉を押し開けると、狭い店内にアナログレコードの音が流れている。カウンターの奥には無造作に積まれたCDやレコードがあり、壁には色褪せたバンドのポスターが貼られていた。

 「いらっしゃい」

 無精髭を生やしたマスターがカウンター越しに微笑む。カウンターに腰掛けると、スピーカーから流れていたのは銀杏BOYZの「漂流教室」だった。

 「銀杏、好きなんですか?」

 何気なく聞いた僕の問いに、マスターの目が輝く。

 「おお、好きなのか? 俺、この店やる前はバンドやってたんだよ。峯田の歌に救われてさ」

 マスターの言葉は熱を帯び、気づけば二人で銀杏BOYZについて語り合っていた。峯田和伸の歌詞の詩的な美しさ、ライブの狂乱と純粋、そのすべてを分かち合える時間が心地よかった。

 「こんなに銀杏の話で盛り上がるの、久しぶりだな。お前、今何やってるんだ?」

 「……いや、仕事辞めたばかりで」

 「あ、そうなの? じゃあさ、うちで働かないか?」

 マスターの言葉に驚いた。思わず笑ってしまう。

 「いいんですか?」

 「お前みたいな奴と働けたら楽しいだろ?」

 僕はグラスの中で揺れるウイスキーを見つめた。思いがけない誘いだったが、心はすでに決まっていた。

 「じゃあ、よろしくお願いします」

 握手を交わし、マスターがレコードを裏返す。新たな一曲が流れ始めた。

 夜が深まり、僕の新しい生活も静かに始まった。

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光治(みつおさむ)
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