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読書レビュー:「零戦 その誕生と栄光の記録」堀越二郎著
堀越二郎氏の著書『零戦 その誕生と栄光の記録』を読み、当時の常識を超えた世界的傑作機「零戦」の開発過程を通じ、技術者としての心構えや挑戦の本質を学ぶことができました。そして、堀越氏の理想を突き詰める生き方には深い感銘を受けました。また、自分が取り組むワインづくりとの共通点にも何度も気付かされました。ぜひあらゆる分野で活躍中の技術者の方々に手に取っていただきたい一冊です。
労苦と愉悦の間で生まれる達成感
堀越氏が本書で零戦の開発を振り返り次のように述べていました。
大きな仕事を成し遂げるには、愉悦よりも労苦と心配の方がはるかに強く長いものである。その合間に訪れるつかものは喜びこそ、何にも耐え難い生きがいを人に与えると。
零戦の開発は、多くの困難を乗り越え、技術的に遅れていた当時の日本が世界一の性能を誇る名機を完成させる過程でした。しかし、それは単なる技術革新だけではなく、粉骨砕身の努力と信念の結果だったことが本書からも読み取れます。堀越氏は、零戦の完成後も震電や烈風など後継機の設計に取り組みましたが、その激務のため倒れて休養を余儀なくされています。これほどまでに身を削る覚悟が、零戦の成功を支えていたのだと改めて実感しました。
制限の中で生み出す自由な発想
堀越氏は技術者の仕事についてこう述べています。
技術者の仕事というものは、芸術家の自由奔放な空想とはちがって、いつも厳しい現実的な条件と要請がつきまとう。しかし、その枠の中で水準の高い仕事を成し遂げるためには、徹底的な合理精神とともに、既成の考え方を打ち破ってゆくだけの自由な発想が必要なこともまた事実である。
(中略)
与えられた条件の中で、当然考えられるぎりぎりの成果を、どうやったら一歩抜くことができるのかということを常に考えねばならない。
この言葉は、私自身の仕事に深く響きました。現在、会社の求めるスタイルのワインを作るという制約の中で働いています。栽培や醸造において、現実的な条件や方針に従わざるを得ない場面が多くあります。その中には、自分の哲学と相容れない部分もあり、どう折り合いをつけるべきか悩むことが多々あります。また、条件を超える成果を目指しても、自分の力不足に気付かされ、葛藤する日々が続いています。
しかし、本書を読んで、堀越氏の言葉が私に気付かせてくれたのは、そうした葛藤そのものが、技術者としての挑戦の本質であるということです。制約に直面したときこそ、それを超えるための自由な発想や創意工夫が求められるのです。与えられた条件を「どう乗り越え、一歩抜け出すか」を考え続けることこそが、私に課された技術者としての使命であると再認識しました。
時代を先取りするアイデアと実行力
アイディアとタイミングは、その製品の性質をよく理解し、環境や競争相手の状況を推し量り、良い判断と実行力が伴って生まれてくるものである。
(中略)
アイディアというものは、その時代の専門知識や傾向を越えた、新しい着想でなくてはならない。そして、その実施は人より早くなければならない。戦果をうるには、耳朶に即応するのでなく、時代より先に知識を磨くことと、知識に裏付けた勇気が必要である。
堀越二郎氏は、零戦の設計において、当時の技術で革新的な手法をいくつも採用しています。
特に、従来の骨組み構造から新たに応力外皮構造(モノコック構造)を導入し、機体の軽量化と強度の両立を実現しました。また、空気抵抗を減少させるために単葉型の設計を採用し、これにより高速性能と機動性を向上させました。
当時主流だった骨組み構造の複葉機とは、以下のような機体かあります。
このI-153(ポリカルポフ I-153 チャイカ)は、ソ連で開発された複葉戦闘機で、1930年代後半に登場しています。零戦と比べるとこんなにも形が違います。いかに堀越氏の設計が革新的だったのが分かると思います。
さらに、最新素材である超々ジュラルミンを大胆に取り入れることで、さらに機体の軽量化を推し進めました。この素材は当時まだ研究段階にあり、航空機に使用するリスクもありましたが、堀越氏はその可能性を見抜き、徹底的な合理性と創意工夫でそのリスクを克服したのです。こうした設計思想と実行力の積み重ねが、当時の戦闘機の中でも突出した性能を誇る機体に仕立て上げました。
堀越氏の設計は単に「戦闘機を作る」という枠を超え、当時の技術水準を大きく引き上げ、戦略的な優位性をもたらした点で、日本の技術史における一大革新であったといえるでしょう。
「美しい」と思わず口に出る作品を目指して
堀越氏が試作機の飛行訓練中、設計者という立場を忘れ、空を舞う零戦に目を奪われ、「美しい…」と感嘆した場面が、本書の中で最も心に残るシーンでした。その言葉には、理想を形にした者だけが味わえる、深い満足と誇りが込められているように感じます。
理想とするものを生み出すには、冷徹な合理性と高次の美学が絶妙に調和しなければなりません。堀越氏は設計者としての鋭い技術的視点を持ちながら、芸術家のような感性をも併せ持ち、零戦という名機を完成させました。その哲学に触れる中で、私もまた、飲み手として「素晴らしい」と思わず口にしてしまうようなワインを作りたい、という強い思いに駆られました。
ワインづくりにおいても、数字や技術だけでは達成できない「美」があります。それは、見る者を引きつけ、手に取る者に期待を抱かせ、口にする者の心を震わせるような存在です。堀越氏が追求した「美しさ」は、私が目指すワインづくりにも通じる普遍的な価値でした。
この一冊は、私にとって技術者としての成長を促すだけでなく、自らの理想を再確認させてくれる、大切な道しるべとなりました。