"COPY BOY" ぼくのクローンは小学生㉘【夢の中へ】
ワケあって、大学生の僕はクローンと暮らしている。ヤツは小学2年生。8歳の子どもだ。
顔は、幼い頃の僕と全く同じ。ジャンケンすると決着がつかない。
なんで、こんなことになったのか。よかったら、そのワケを聞いてほしい。
(※第1話へ)
<冬、第28話>
チビはどこへ消えたのだろう。
チビの夢に入ることはできるだろうか?
家を飛び出したチビ。もう夜の10時。眠くなる時間のはず。
どこかで眠ってさえいてくれれば、離れていながらも夢の中に入り、どこにいるか聞き出せるに違いない。
毎晩、クローンのチビとは同じ夢を見ていた。けど、夢をつなげるために眠るというのは初めてだ。少し緊張する。
猫ちゃんの運転する助手席で目を閉じながら、眠りに入るイメージを浮かべてみる。真っ暗な夜に深く深く潜っていくイメージ。
平泳ぎで夜の闇を掻きながら、深く…深く…。
学校の近くを走っているあたりから、車の揺れが心地良くなってきた。
猫ちゃんのセンスのいいほのかな香りが心を凪のように落ち着かせ、ウインカーのカッチカッチという音が優しく響いている。
ああ、薬が効いてきたかも。
闇を掻きつづける…
深く。。。深く。。。
深く。。。。。。。
深
く
。
。
。
。
。
。。。。。。ふう。
頭がほんやりするなぁ。
居間で、ばあちゃんがテレビを観ている。小さな背中。
ガヤガヤ、テレビのノイズだけがかすかに騒いでいる。
「ばあちゃん。」
返事がない。
「ばあちゃん。ねえ、ばあちゃん…?」
返事がない。
なんとなく「行ってきます。」
ぼおっとしながら、玄関の引き戸をガラガラ開ける。
…と、そこは面接会場。
そうか、今から入社試験受けるんだっけ。
しまった。なんにも用意してない。手ぶらだし、おまけに部屋着。
「タイムマシンで過去の自分に何を伝えますか?」お堅い面接官の質問が飛んでくる。
すみません。ちょっとお待ち下さい。出直します。ごめんなさい。ごめんなさい。
逃げるように面接室を出る。
…と、ドアの外は、木々が立ち並ぶ神社の境内。
セミの鳴き声が響く。虫取り網を引きずりながら、空を見上げて何かを探すように、とぼとぼ歩く。
何か探してるんだよなあ。セミだっけ?なんだったっけ?
気が付くと、左手に何かを持っている。折りたたまれた紙だ。
広げてみると、地図。
なんで持ってるんだっけ、これ。
あれ…誰か見てる?
視線を感じて、反射的に振り向く。
見回せど、誰もいない。間違いなく人の気配を感じたような気がした。
わかんないけど、なぜかざわざわ、気だけが焦る。
とにかく急がなきゃいけない気がして、何百本もの木々の中を走り抜ける。
…と、いつの間にか、まぶしい光の中を歩いている。
コンクリートの床。廊下だ。並ぶ窓から差す光のシャワー。
子どもたちがたくさん歩いている。長く伸びた廊下に並ぶ2-3、2-4、2-5と書かれた札。ドアの窓からのぞくと黒板とたくさんの机。
ああ、学校か。
誰かを探してたような気がする。
すれ違う子どもたちの顔を覗くが、どの子も違うようだ。誰を探していたのか、思い出せない。
やがてどんどん子どもたちが増えて、人の波に僕は押し流されそうになる。
いきなり前に立ちはだかる人。
いじめっ子のサルノスケだ。ちょっと小太りの大きな体で無言で通せんぼをしていた。
襟首つかむなよ。なあ行かせてくれよ。急いでるんだよ。
声を出そうとしてもまるで喉の奥に何か詰まっているかのように、出ない。押しのけようとしても腕に力が入らない。
そうだ、地図を持ってた。
もみくちゃに流されながらポケットから引っ張り出し、両手を掲げ天井にかざすように広げる。
ここが学校で…廊下ががここ…。あれ、廊下のロッカーに矢印が書かれているぞ。
どこだ?ロッカー、ロッカー…。あった!
廊下の隅っこに古ぼけたロッカーが申し訳なさそうに佇んでいる。
サルノスケの腕をすり抜け、子どもたちの波をクロールでかき分け、ロッカーの岸にたどり着く。手をかけるとひやりと冷たい取っ手。思いっきり引っ張るとロッカーが開いた。中へ飛び込んで見たものは…
…そこは、”路地裏”。
薄暗く狭い湿った路地裏に足を踏み入れる。
地図を頼りに入り組んだ路地の隙間を抜け、家の塀を渡り歩いた。バランスをとりながら塀の上を歩くが、足元のコンクリートがフニャフニャ柔らかく、どうもフラフラする。
”キキッ!”
突然、雨どいから飛び出した黒ネズミに肝を冷やして、あっと、足を滑らせ、身体が宙を舞った…
そのままの勢いで、真っ逆さまに落ちるかと思ったその瞬間、救われるように背中をキャッチしたのは、
”滑り台”。
長い長い滑り台に身体をもっていかれ、ものすごいスピードで体が流されていく。ジェットコースターのように右へ左へ勢いよく滑って地面に放り出された。
” どしん 。どしん。どしん。” 3回跳ねて着地。
「いてててて。」
反射的に口にしてお尻を抑えたけど、なぜだか痛くない。
周りを見渡すと、たくさん遊具が並んでいる。公園だ。
ふと、また誰かに見られているような視線を感じた。
急いで振り向くが、
…しかし、誰もいない。間違いなく誰かが僕を見ていた気配を感じたのに。
そうか、あいつに違いない。夢でよく見たあの ”ヒトカゲ”。
毎晩ずっと、夢の端っこで僕とチビの様子をうかがっていた謎の影、"ヒトカゲ"だ。また出てきやがったな。しつこいな。
「わかってるんだぞ。そこにいるんだろ。」
怖い時に虚勢を張ってよく言うやつだ。ちょっとビビっている証拠。
邪魔しないでくれ、今、相手にしてる暇はない。
地図によると、公園の真ん中に印がついている。
ああ、この砂場のことだな。近づいて中を覗き込むと、大きな砂山があった。
両側にトンネルの入口が掘られている。これ、僕たちが作った砂山だよな。「僕たち」って?あれ、誰と作ったんだっけ?
……まあいいや。
砂山の薄暗いトンネルの入口に、手を少し入れてみた。ひんやりとざらざらしめった土の感覚。
何もない。
もっと奥、もっと奥へと手を入れる。爪の間に砂の粒が挟まりながら、肘まで突っ込んだその時、指先がフニャッとしたモノに触れた。
「わっ」
一瞬気持ち悪かったが、よくよく握ってみると…、温かくて…柔らかい。
小さな手だ。
子どもの手。確かに柔らかな子どもの手。クネクネ動いてこちらを探るように握り返してくる。懐かしいような安らぐ感覚。
ん?…確かよく知ってるような…誰か…誰か…、そう!
「チビだ!」
そう叫んだ瞬間、手をつかまれ、すごい力で土の山の中へ吸い込まれた。
闇へ吸い込まれながら、視線を感じ背後を振り返る。と、残された公園にぽつんと立つ、あの”ヒトカゲ”。奴が僕を見送っているのがチラリと見えた。
「やっぱりお前だな。」
文句のひとつでも言ってやろうと思ったが、その間もなく、やがて遠くへ小さく見えなくなってしまった。
気がつくと、そこは…家。
夕焼けに色づいた、見慣れた僕たちのおんぼろ家の玄関の前だ。
「戻ってきちゃったな。」
しくしく誰かが泣く声がする。バス停のベンチ。
誰かが座ってる。よく見ると……
チビ。
一人、背中を震わせ一人で泣いている。
おお、チビ…チビかぁ…どうした、なんで泣いてんだ。
ん?…チビ…?
「そうだよ!」
思わず叫んだ。
「チビ!探してたんだよ!心配してたんだよ。家を飛び出したんだよな…。」
やがてフォーカスが合うように、記憶がよみがえった。
もしかして…、もしかして…、
「これ…、夢?」
そうか、思い出した!チビの夢とつながったんだ!
ついにつながった!
よし、よーし、よし。こいつの夢の中にコネクトしたぞ。
チビ、どこかで眠ってるってことだな。僕も目が覚めないようにしなきゃ。
しかし夢ってのはよーくできてんな。リアルすぎて全然気づかなかったよ。
注意しながら、後ろからそっとチビの肩に手を回してみたら、気がついて振り向き僕の顔を見た。
「…………。」
目を丸くしてまじまじと見つめ、
「兄ィ!!」
今度は思いっきり僕に抱きついた。喉の振動が胸に響くほど、激しく号泣した。
「兄ィ!兄ィ!もう大丈夫なの?!体、大丈夫なの?!」
「ごめんな。ごめんな。大丈夫だよ!大丈夫だ…」
胸が詰まった。
そう、これは夢。
チビが今、現実の世界のどこで寝ているのか?確かめなきゃ。
「チビ、今どこにいるの?」
「今?ここにいるよ」
「そうじゃなくて、これはチビの夢の中だよ。僕が入ってきたんだ。本当のチビはどこかで寝てるはずなんだ。今、どこで寝てるの?わかるかい?」
「うーん、起きて見てみるね。」
と目をこすり始めたから、
「ダメ、ダメ、起きちゃダメ。」慌てて止めた。
チビの夢が覚めたら、僕がチビの世界から追い出されてしまう。寝ている間だけなんだ、チビの頭と通じているのは。そう、一縷の望み。だから…、
「どこにいるのか、最後に見た景色を思い出してみて。」
「なんだっけなあ…」
「うん…思い出しそう?」
「んー……」
「ふんふん。」
「んー、わかんない。」
なんだよ。
「わかんないけど…」チビは立ち上がって「行かなきゃ」とつぶやいた。
「なに?どこへ?」
クラクションの音が響いた。
遠くから低いエンジン音が近づいてくる。バスだ。
やがてバス停の前で止まると、ぱっくり自動ドアが開いた。
顔の無い運転手と目が合う。乗るの?どうするの?という牽制の空気。
「ん?なになに?」
僕の手を放し、チビが嬉しそうに乗り込んだ。
「ちょ、ちょ。」
慌てて僕も後を追うように乗り込む。
一番後ろのシートに身を沈めたら、ゆっくりとバスが動き出した。
窓を覗くチビに、
「ねえ、どこに行くの?」
と聞いても、笑って答えない。
輝く夕陽であふれる街。琥珀色の光の中を泳ぐように走るバス。
クリスマスソングが流れる。浮かれた家族連れや子供たちがたくさん乗っている。幸せを絵にかいたような風景。
チビの記憶か?願望か?
幻想的な絵画のような、それでいてリアルなような不思議な空間だった。
遊園地前の停留所に止まった。
「ここ?」
と聞いたが、チビは降りようとしない。
「もっといいところ。」
と笑顔で答える。
ああ、このシチュエーション。まるでデジャヴュのようだ。どこかであったような…。
そうだ。絵本だ。
僕とチビのお気に入りの絵本。
寝る前に枕元で父に読んでもらっていた「バスでお出かけするお話」だ。
チビの願望が夢になっているのだろうか。夢が絵本の中に入ってしまった。
動物園、ショッピングモール、スケート場…、次々とバス停に停まっていく。だけど、
「ここ?」
と聞いても、チビは頬を夕陽に染めながらまぶしそうに笑って、
「もっといいところ。」
とこたえるだけ。絵本のストーリーのとおりだ。
やがて日がどっぷりと沈み、暗い山道を進む。
カーブを曲がったその向こう、遠くの木々のシルエットごしに、たくさんの細かい光の粒が蛍の大群のように現れた。
やがて近づくにつれ、それが大きなモミの木の美しいクリスマスツリーだと分かる頃には、見上げるほどそびえ、その雄姿で僕らを圧倒した。
キキキと止まると、静かになった車内で「終点です」マイクの声がつぶやくように言った。
バスを降りると、空気は凍てつくように寒い。白い息が吐き出されるのが楽しくて、チビがハアーとタバコを吸うマネをしてはしゃいでいる。僕まで寒くなるなんて、チビの夢はリアルだな。
きらめくイルミネーションの一粒一粒が、寒く澄んだ空気で光を放っていた。言葉にできないほど果てしなく美しかった。
目を移すと、そう、レストラン。温かな光がぼんやり見えている。
そうだよ、絵本の筋書き通りだ。
ウッド調の建物の、大きな分厚い木のドアを開いてみると、部屋の温かさがあふれて足元に流れてきた。奥に目をやるとツリーの見える窓際に、人影が2つ揺れていた。それを見て、僕の胸が”ドキリ”と波打った。
”ヒトカゲ” だ!
こんなところに?
その”ヒトカゲ”は男女のシルエットを形どって座っていた。
一体、何者なんだ?煌めくイルミネーションの光で、よく顔が見えない。
「わぁっ!」
いきなり走り出すチビ。
「ダメ!そっちは!」
飛びついた男性のヒトカゲは、笑ってこちらを振り向いて見た。まぶしい光にぼんやり溶けていた輪郭が少しづつ鮮明に、やがてハッキリと姿を現わした。
その顔を見た途端、僕は思わず息が止まりそうになった。
「まさか、そんなはず…」
チビがその腕にぶら下がりながら、歓喜の声で叫んだ。
「父ちゃん!」
そこにいたのは…父。
まぎれもなく、亡くなった僕たちの父ちゃん、汐妻教授だった。