凡人による凡人のための経営戦略
大正製薬とキョウデンの革新的アプローチ
「よい戦略」とは何か?
ビジネスの世界で「よい戦略」とは何でしょうか。
それは、非凡な才能や過度な努力を必要とせず、凡人が着実に成果を上げられる戦略、「凡人による凡人のための経営戦略」です。
今回は、この原則を見事に体現した2つの企業、大正製薬とキョウデンの
事例から、実践的な経営戦略のエッセンスを探ってみましょう。
凡人の知恵が導いた成功戦略
「ムリをしない」が革新を生んだ2社の軌跡
1. 大正製薬:あえて規模の抑制から導かれた驚異の収益力
1980年代後半、製薬業界では各社がPOSシステムの導入に苦戦していました。薬店側は店の経営内容が製薬メーカーに把握されることへの反発が強く、業界全体でPOS端末導入が頓挫する中で、当時業界8位だった大正製薬は、画期的な判断を下します。
当時、全国60,000店舗の薬局・薬店のうち、あえて4,000店舗だけに絞って
システム展開を行うという決断でした。この「4,000店舗あれば、市場動向は充分に把握できる」という冷静な分析が、その後の成功を生む鍵となったのです。
さらに注目すべきは、その展開方法です。
1,000名の営業マンに対し、「1年間で1店舗にPOS導入を納得させる」という現実的な目標を設定。「4,000店舗も」ではなく「たった4,000店舗」という発想の転換により、営業マンがじっくりと交渉できる環境を整えました。
また、15店舗に1店舗という選定基準は、薬店側にも「選ばれた店舗」という誇りを与え、協力を引き出すことに成功したのです。
この戦略は、その後の驚異的な業績として結実します。1993年3月期の決算では、業界トップクラスとなる5年間平均売上成長率10.5%を達成(2位の三共6.5%、3位の第一製薬6.4%)。経常利益率も26.7%と、他社を大きく引き離す結果となりました。
無理のない目標と課題に絞り込み、着実に達成していくという姿勢を持ち、実行する。
大正製薬の目標設定のありようは会社の規模が小さければなおさら留意すべきことである。
2.キョウデン:「常識破り」のスピード戦略
プリント基板業界で、キョウデンは「非常識」とも言える戦略で頭角を現しました。
当時、プリント基板の試作には10〜30日かかるのが「業界の常識」。
しかし同社は、「時間がかかって当然」という既成概念に真っ向から挑戦したのです。
最新鋭の設備を導入し、全工程を内製化。さらにCAD・CAMシステムのソフトウェアまで自社開発するという徹底ぶりで、ついに片面基板なら翌日夕方、6層・8層という複雑な基板でも翌々日夕方には納品できる「マッハライン」を確立しました。
注目すべきは、同社には当初、外回りの営業マンが一人もいなかったことです。業界誌への広告と口コミのみで顧客を開拓し、必要なデータは公衆回線で受信する完全リモート体制を構築。この「営業経費を極限まで抑える」という判断が、高額な設備投資を可能にしたのです。
創業から7年で年商40億円を達成。NEC、東芝、イビデンなど450社が競合する激戦区で、「スピード」という明確な差別化戦略を貫いた結果、圧倒的な競争優位を確立することに成功しました。
「コンビニエンス・メーカー」という革新
キョウデンを率いた橋本浩氏は、工業高校出身ながら、松下電器の販売店でナンバーワンセールスを達成した異色の経営者でした。彼が掲げた「コンビニエンス・メーカー」という概念は、製造業における新たなビジネスモデルの提示でもありました。
「面倒で手間のかかる仕事を、どこよりも早く、正確に、きめ細かく請け負う」
この明確なポジショニングは、やがて長崎屋や大江戸温泉物語などの事業
再生にも活かされることになります。
成功の本質:リアリズムが導く革新
両社の事例から見えてくるのは、「無理をしない」というリアリズムこそが、むしろ革新的な成果をもたらすという逆説です。「できることを、できる規模で、着実に」という
地道な姿勢が、結果として業界の常識を覆す革新につながったのです。
それは、経営資源の「集中」を徹底したことです。
この「集中」は単なる「集合」とは異なります。
攻めるべき領域と課題を明確に絞り込み、必要な人材・資金・時間を投入する。これにより、大企業との競争においても勝算を見出すことができるのです。
凡人による経営の真骨頂は、華々しい戦略や派手な施策ではなく、自社の
実力を冷静に見極め、無理のない範囲で着実に前進を続けることにあるのかもしれません。