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診断士 豪一郎の『社長っ、共に経営を語ろう!』⑪

集団浅慮

翻訳会社社長でありながら、中小企業診断士でもある豪一郎。

今日は、顧問先のO製作所の役員との面談である。参加者は、Y専務、F取締役(海外担当)、S取締役(R工業担当)、M開発部長と豪一郎である。T社長は急用で、この日の会合を欠席した。

タイ中部の洪水の被害状況に始まり、豪一郎がまとめた「タイ自動車産業の概観」に沿って、タイの自動車市場について、更に、タイ進出による新規受注の可能性などについて意見交換が行われた。

最も活発に発言したのは、売上の9割を占めるR工業担当のS取締役であった。一方、M開発部長は、新商品開発の度重なる失敗事例を、物静かな口調で語るだけであった。

ところで、S取締役を中心に妙なまとまりの良さが感じられる。「集団としてまとまりが良い」状態を「集団の凝集性」というが、超優良企業の多くは、一般に「凝集性が高い」といわれる。それなのに、豪一郎は、言い知れぬ不安に押しつぶされそうになっていた。

全ての議論をS取締役がリードし、他の役員の発言も、全てS取締役により結論に導かれる。

R工業絶対という価値観により、一体感が確立されており、その価値観を守り続けることで、自分たちは存続しうるという、過度の自信が感じられる。それは、極めて閉鎖的な心理状態であり、組織として存続するための代替案が、現実問題として議論される土壌が、どこにも見つけられない。

心理学に「集団浅慮」という概念がある。「集団で意思決定を行うと、個人で行うよりも短絡的な決定がなされるという現象」である。

横断歩道を一人で渡る時には、左右をしっかり見て、信号を確認して渡る。ところが大勢で渡る際には、前の人について行ってしまい、信号を確認せずに渡り切ってしまった、という経験はないだろうか?

集団の一体性を維持するために、重視されるべきルールの順守(信号)や迫りくる危機(自動車)が無視されているのである。

実は、組織としての「凝集性の高さ」は、「集団浅慮」に陥る前提条件となるのである。では、超優良企業と「集団浅慮」に陥る企業との差は何か?

それは、リーダーが指し示す方向性の良し悪しである。そして、良い方向性とは、環境の変化を巧みに織り込み続ける、組織の柔軟性、あるいは多様な価値観に対する寛容さによって生み出されるのである。

「集団浅慮」を提唱した米国の心理学者アーヴィング・ジャニスは、その予防法を7つ提示している。

その内、O製作所で実践すべき項目を、豪一郎は、「戦略シート」に書き込んだ。

取締役会内に、二つのグループを作ろう。そして、外部の専門家を両グループの議論に立ち会わせ、意思決定プロセスに多様な要素を織り込もう。最終的には、全メンバーを「批判的評価者」に育て上げねばならない。

豪一郎は、一人話し続けるS取締役から視線を外し、M開発部長に無意識に微笑みかけていた。さあ、来週はタイ視察である。

つづく

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