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六見橋(岐阜県下呂市)を訪れました~土木学会選奨土木遺産~

南飛騨ArtDiscoveryへの途中で

『上麻生発電所取水堰堤(岐阜県加茂郡白川町)を訪れました~土木学会選奨土木遺産~』白川橋(岐阜県加茂郡白川町)を訪れました~土木学会選奨土木遺産~に続く、飛騨川に関連する #土木学会選奨土木遺産 に行ってきた話。

2024年秋に #南飛騨ArtDiscovery が開催されまして、わたしも何度かサポーター、作品鑑賞等で南飛騨・美濃路を訪れて、その際に土木学会選奨土木遺産も併せて楽しむことが出来ました。
今回は下呂市の市街地に近い六見橋。

誕生と由来

六見橋

諸元
竣工:1931(昭和6)年
構造:鋼鉄ボウストリングアーチトラス
橋長・幅員:96.3m・4.4m

すぐ横に高山線が走り、踏切には眼鏡型の警報機が設置されていて、ちょっとユーモラスなイメージです。

眼鏡型の警報機

その高山線のこの区間は六見橋の開通より少し早い1930(昭和5)年に開業しています。
今年は全線開業から90年の節目の年。
駅にも90周年を知らせるポスターが貼られていました。

高山線は1892(明治25)年の鉄道敷設法が公布され、『岐阜県下岐阜若ハ長野県下松本ヨリ岐阜県下高山ヲ経テ富山県下富山ニ至ル鉄道』と明記されました。
1919(大正8)年に岐阜を起点に高山に向かう路線が工事に着手、1924(大正13)年に富山を起点に高山に向かう路線が着手しましたが、難工事により苦戦を強いられながらも、1934(昭和9)年にようやく全線開通しています。

今回はその高山線の線路が走る飛騨川右岸側の道路から眺めました。
下呂温泉は元々河原から湧き出ていたもので、大正から下呂の町が栄え始めたそう。
そして高山線の開通に前後して、六見橋の東側にも本格的なまちが形成されたという。

橋は渡す

この場所には、奈良時代から渡船があった場所だそうで、地図を見ると上流、下流と比べて、若干川幅が狭くなっている様子が見て取れます。
水量は上流のダム建設によって減少したんでしょうね。
大きな石がゴロゴロと転がっていますが、河床が見えて渡れそうな気がします。

土木学会選奨土木遺産のプレート

では。

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てっさん
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