【15日目】 彼らを断罪することは自分を断罪することとさほど変わらない
こんにちは、こんばんは、
おはようございます!
みんなそんなにカリカリするな、キツツキです!
今日はこんな事態にあるにもかかわらず、バイトのシフトはしっかりと回っていたので、きちんとバイトに向かい、社会の役割を全うしてきました。
こんな事態だからこそだとも言えます。自分で入れておきながら、今日はバイト行きたくないな、なんて思うこともあったのですが、こんな時だからこそ、僕たちはきちんと社会の歯車にならなければならないんだろうな、と感じたりしました。
バイト先の人たちは意外と楽観的でした。みんななんだかんだで花見にもいくし、外に遊びにも行くし、何も心配していないかの様子でした。なるほどなと思いました。そういうことなんでしょうな、とも思いました。
メディアではかなりの啓蒙活動をしていますが、こういった人には届かないんでしょうな。そういった人がこの伝染病の拡散源となっているのかと思うと少し腹が立つような気もしますが、そこは僕が間違っている部分だということもきちんと理解しておかなければなりません。
彼らを断罪することは、自分を断罪することと多分そんなに変わらない。自分もそんなことをしてしまうこともあるだろうし、それに目をつむってくれた人もいただろうし。ここでSNSに晒すような奴は相当な奴だと思います。そこで人間の指標が測れてしまうと思います。今はそんな視点を持ちながら。
このような状況になってしまっている以上、外に出る人はおそらく出てしまうし、出るなといわれれば逆に出たくなるし。というか根っからの引きこもりの僕でも、ここまで出るなといわれると、家で生活していることがストレスになってしまいそうな一歩手前です。まだ、大丈夫の範囲には保てていますが。
人間の心理というのは、なかなか難しい。制限されてから、初めてその環境のありがたさを知る。出来ないということが欲しいのかもしれない。出来ないことに価値を見出すのかもしれない。なんとも情けないな、と思う今日この頃です。
とはいえ、家で遊べるアミューズメントなんていくらでもあります。今の時代、SNSがこれだけ発達しているのだから、暇つぶしに困ることなんてないでしょう。Youtubeなんて見てたら、一瞬で1日が終わります。ほんの一瞬で1日が終わってしまう。Netflixだって、amazon primeだってそうです。
ですから、困ることなんて絶対にないはずなのですが、僕はそれで1日が終わってしまうのがなんだか嫌で、みんなが見ているものを一緒に仲良しこよしで見るのもなんだか嫌いで、個性が均一化することを望む世の中がなんだかとてもむずがゆくで。
そうなると、僕が僕であるために、僕を積極的に世の中のメインストリームに還元して、抽出して、フグのような存在になるための作業が必要になってしまうわけです。そうするためにも、自分を圧倒的に、客観的に管理しなければならない。自分が自分としていつでも出し入れできる存在でなければならない。
こんな状況は、それを練習するのに最も適しているでしょう。以前から少しずつやってはいたのですが、まさに今、この練習を本格的に始めています。しかしながら、なかなか難しいのが現状。
というのも、人生をコントロールするために、まず今日の1日をコントロールしようと色々努めているのですが、これがまた難しい。自分を律することがここまで難しいことだとは思わなかった。ゲームを思っていた以上にやりこんでしまっていたり、ここまででラジオをいったん止めると決めていても、面白くて最後まで聞いてしまったり。
ああだこうだ言っても、結局はただのどこにでもいるような人間でしかないのだと感じさせられます。それも考えようによっては、普通から異端に変わる過程をもがいている様子だともとらえられるので、面白いのですが。
これが収まるころには、日本や世界がどうなっているのかなんて分かったことではないので、そんな時に生き抜くためにも今を必死に生き抜こうと思います。なんだかんだ楽しいです。
今日はこんな感じ。綺麗にまとまったかな。成長。
読んでいただきありがとうございました。お疲れ様です。