儚い夜に
夜はどこまでも深く。永遠に続いているように思えた。
「なんか怒ってる?」
「怒ってないよ」
やさしい腕で包みこんでくれるのに、しずかに涙がこぼれた。
彼は私の髪をやわらかくなで、暗がりの中で悲しそうに笑っている。
「言いたいことがあるなら言ってほしい」
「うん」
毛布を巻きこむように寝返りをうつ。
目の前の見なれた壁には、カーテンの隙間から街灯の光が差し込み、ふしぎな模様ができていた。模様は風もないのにたゆたっている。
どうしていつも言いたいことが言えないのかな。
ほんとうは行きたかったところ。
ほんとうは着たかったもの。
ほんとうはやりたかったこと。
ほんとうは…
ほんとうはいつも心がさまよっていて、自分でも摑まえることができないのかもしれない。
久しぶりに休みをとり、私たちは東京を離れた。
自然の多いここの空気は澄んでいて、息を吸いこむたびに体中が綺麗になっていくのがわかった。
夜になると宿泊先のバルコニーにふかふかの毛布を一枚だけ持ち出し、二人で背中にかけた。私は彼の肩に頭をあずけ、わずかな動きとあたたかな体温を感じる。
よくよく目をこらしてみると満点の星空だった。
いまにも降り出してきそうなたくさんの星。
弧を描きながら流れては消えていく星。
「すごい星。ほんとはこんなにあるんだね」
「東京の空は明るいから、全然見えないもんなぁ」
夜空を見上げているだけなのに、世界で一番しあわせに思えた。
流れていく星のひとつがヒューンと私たちの前に落ちてきた。
慎重に両手ですくいあげる。たくさんの線香花火をあつめたように儚く美しく輝きを放つ。
「星って何年も前の光が届いてきてるんだよ」
「それじゃあこれは過去ってこと?」
「この瞬間、もうすでに過去だよ」
ブゥーンとバイク音が聞こえる。
外の通りには車も走りはじめた。そのたびにヘッドライトの光が差し込み、壁の模様は形を変えながら移動していく。
じきに鳥たちもさえずりはじめ、朝が訪れるはず。
それなのに私はまだ眠れないでいた。