淵にたたずむ
もうあたりは真っ暗だった。細い月と金星がならぶ空がきれいで、おもわず立ち止まってみあげる。刻一刻と夜が濃くなる地平線のむこうを、低く飛ぶ飛行機のあかりが規則ただしく、ついたり消えたりしている。
川辺からどこからともなく沖縄民謡が聞こえてくる。
日本の一番南にある波照間島の夜は、街灯がひとつもなく底抜けの暗闇だった。地平線のむこうではずっと雷が落ちていて、音はせず無数の光がビカビカと海へと吸いこまれていく。そのさまは、帰ることのできない永遠の淵であるかのように思えた。
神社でお祭りの練習をしている人々がいて、暗闇にボンヤリとお面が浮かんでいる。永遠の淵を司る者たち。かれらの舞で夜が明ける。
たましろ荘という宿に泊まっている。無口なおじさんは目がおおきくて、黒々と濡れている。いつも目をそらす。遠いむかし、東京の恵比寿で料理人をやっていたそうだ。宿はお世辞にもきれいだとは言えず、部屋をすこしでも片付けようなら怒られる。私も片付けが不得手なので、むしろ気が楽だ。
今日のとばりが落ちるころ、ああそうか、今日は休みなんだと気が付いた。