愚問の来

朝、目が覚めてカーテンを開ける。窓の外は半透明に煙っていた。先の見えない世界にいざなわれてドアを開けると、そこは深い深い霧の底であった。

向こうの方にボンヤリと人の気配がする。少女のようだ。ひとまずそこまで行ってみよう。そう思い、歩き始める。進めば進むほど霧が濃くなる。

行手を阻むように一羽のカラスが舞い降り、木に止まった。黒々としたカラスは、全てを吸い込んでしまうブラックホールのように重く存在する。くるりと顔だけこちらに向けて、私に問いただす。

「どうしてそんなに急いでいるのだ?」

「向こうに女の子がいるから…」

「その女の子とやらはお前の何なのだ?」

「わからない。でも…」

「でも?」

「でも、なんだか呼ばれている気がして」

「そうか」

漆黒のカラスは羽をひるがえし、世界を艶やかな闇で覆う。何も見えない。少女の気配すら感じられなくなってしまった。それでも、歩みを進める。

「少女はいなのに、今度はどこへ向かうのだ?」

「わからない」

「分からないことばかりだな。分からないというのに歩くなんて、人間とは変わった空間だ」

「空間?」

「ああ、空間さ。人間とは空間にすぎない。ここはお前の作り出した空間だ。点の集合体である文字を、さも意味ありげにこの空間に並べているだけだ。何のために?小説家でもないお前が何のため?何のためにこの空間を点の集合体で埋め、そしてなぜ公表するのだ?」

「わからない…なぜ、、なぜ、あなたは私のもとに来たの?」

「お前が呼んだからだ。少女がお前を呼ぶように、お前はお前の空間にこの私を呼んだのだ。何を望む!?さあ、答えろ!」

「わからない」

「分からない?笑わせてくれるな。分かっているくせに」

闇が激しく振動し、雨が降る。木々は風にざわめき、夜が泣く。世界は色を反転させながら、上下左右に移動する。意識と文字と指とが激しく交差し、光る画面をすばやくタッチする。

本当は何もかもわかっていた。最初から何もかも。

「教えてやろう。少女の元に行きたければ、お前一人では無理だ」

カラスはそう言うと、顔を正面に向きなおし闇を背負って飛び立った。
急がなくては。少女が呼んでいる。

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