お腹の反対
1年ほど風呂に入っていない。外に出ないので問題はなかった。しかし、ここにきて背中がとても痒い。その痒さに耐えられず、掻いてくれる人を求めて外へ出た。空から降り注ぐ太陽の光が目に刺さり痛かった。
ふらふらと街を歩く。すれ違う人に誰かれかまわず寄っていき「背中を掻いてくれませんか」とお願いした。みんな怪訝そうな顔をした。露骨に嫌な顔をする人もいるし、逃げる人もいる。そんな様子を遠くで見ていたのか、ひとりの男が近寄ってきた。目と目が異様に離れていて、魚みたいな顔をしていた。
その男はか細い声で「お背中掻きますよ」と申し出てきてくれたのだ。私は思わず小さく飛び上がり「ありがとうございます!」と言って、くるりと男に背を向けた。いそいそとTシャツをたくしあげ、背中をあらわにした。
男は爪を立ててザーッザーッと掻いてくれる。声に似合わず、力強かった。爪もほどよく伸びていて気持ちが良く、くぅ〜〜〜っと思わず声が出た。
ザーッくぅ〜〜〜ザーッくぅ〜〜〜ザーッくぅ〜〜〜ザーッくぅ〜〜〜
大量に皮膚が削られていく。地ベタに皮膚の山がこんもりできていた。
ザーッくぅ〜〜〜ザーッくぅ〜〜〜ザくっ!
男の両手が私の体を通貫して前に出てきた。ちょうどお腹のあたりである。
「内臓までいっちゃいました?」
私は後ろを少し振り向き、男の顔をのぞき見た。目と目が離れすぎている。やはり魚みたいな顔をしていた。
「ああ、なんということを。申し訳ございません」
「いえいえ滅相もありません」そう言いながらTシャツを下ろした。
「掻いて下さったお礼に、ケーキセットをご馳走させてください」
「ありがとうございます。僕、ケーキ職人なんです。でも甘いものが苦手なんですよ。お気持ちだけいただいておきます」と言って、私の皮膚を爪にいっぱい詰めたまま去っていった。
ケーキ職人はみんな甘いものが好きだと思っていたし、魚みたいな顔だからてっきり板前さんだと思っていた。それにしてもお手拭きぐらい持ってくれば良かったと、少しだけ後悔した。