プリンターは故障中
渋谷にある印刷屋さんにポスターを印刷しにきた。どうやらプリンターが故障しているようだ。韓流アイドルと思しき男性のポスターが、印刷の途中でビロンと出たままになっている。それにしても画像が著しく荒い。恐らくインターネットからダウンロードしてきたのであろう。それをわざわざポスター印刷するのかと感慨深くなってしまった。隣に座っている女性のデータのようだ。そのまた隣は何やらコチコチとお洒落なカードを作っている。それぞれの人生にそれぞれのデータ。されどプリンターは1台か。
他人のデータを覗き見しながら、彼女たちの人生に想いを馳せてみた。私の人生にとって私が主役であるように、彼女たちもまた主役である。そして他の誰かの脇役でもある。
小学生の頃バスに乗っている時に、ふと他人のいる不思議さに戸惑ったことを思い出した。今でも電車に乗っていると、ここの乗客はいつか全員死ぬんだよな、とやはり戸惑ってしまう。
依然プリンターは故障中だ。
いま一度ふりかえると、不覚にもアイドルと目が合ってしまった。
「ボクに惚れちゃあいけないよ♡」と思わせぶりなことを言ってくる。
そんな薄っぺらいアイドルなんかに騙されてたまるものか!しょせん紙のくせに!と、彼の端をひっぱってみた。故障のため切断されていない彼は、思いもよらぬ長さだった。
彼の次に別のデータが印刷され、そのまた次に別のデータが、そのまた次に別のデータがデータがデータがデータが。もちろん私のデータも。
それはまるで全ての人が繋がっているかのようにも思えた。他人の人生だと思っていたものが、ひとまとまりであるかのように。
ギ、ギ、ギギギー。ガシャン。
どうやらプリンターがなおったようだ。
彼はハラリと切断され、美しく横たわっていた。