見出し画像

ひとり焼き鳥

このままでは帰りたくなくて、ひとりでふらっと焼き鳥屋さんの暖簾をくぐった。店内はいい感じにすたれていて、渋い。カウンターに通され、とりあえず生ビールを注文する。

「尼さんになった方が良い」
「うん、なった方が良いね」
目の前で甘そうな梅酒を飲んでいる女友達ふたりが口を揃えて言う。
こんなに物が溢れているのに、これ以上いらない物を作る必要があるのか、何千万円もかけて広告をするなんて馬鹿げている等と私が熱弁したせいだ。

「ぎんなん、ピーマン、しいたけ、ハツにぼんじり。カワとつくね。あ、つくねはタレで。あとは塩でお願いします。」
こなれた感じに注文するので、ひとり焼き鳥の常連っぽく見えたのかもしれない。焼き場のおじさんがしげしげと見てくる。

「咳が止まらないんだよね」
「今、出てないじゃん」
「会社の電話。特に“◯◯と申します”って、自分の名前を言う時にひどくなるのよ。それにほら10円ハゲ、、いっぱいあるの。見て」
「いやこれ、500円ハゲだね」

焼き場のおじさんには悪いが、ひとりで焼き鳥を食べるのは初めてなのだ。こなれた風なのは、何のことはない学生の時に焼き鳥屋でバイトをしていただけだ。

「さっさと辞めれば良いのに」
女友達は呆れ気味に言う。確かにそうなのだが、決定的に何が嫌なのか自分でも分からなかった。「不必要な物をこれ以上作りたくありません!」と言って辞表を出すのも何だか気が引けるので、仕方なくこうやって酒の席で愚痴をこぼしてやり過ごしている。

しめにおむすびを食べて店を後にした。
私はいまだに尼さんにはなれてはいない。

いいなと思ったら応援しよう!