カニ人アドカレ2022『白波の箱』
はじめに
※こちらの文章はみえ様主催の「カニ人アドカレ2022」4日目、12月4日の記事です。
3日目→ヘンタイニンゲンに10の質問
https://adventar.org/calendars/7617
こんにちは、ココノエマツキです。Twitterでは芋子の名前を使っています。カニ人ワールドのニンゲン界出現、四周年おめでとうございます!
私もお祝いしたい!! ということでファンアート(小説)を書きました。お時間ある時に見て下さい~!
『白波の箱』
カニ人ワールドをもとにした二次創作小説です。アガルタに住む古代魚介種ブリキア人の語りで進む、フルカ人魚ちゃんとのお話です。
登場人魚たち紹介
サイトからの引用が多いです。文章の余韻を大事にしたい方は少し時間を置いて読むのがいいと思います。私の文章もゆるいです。
『白波の箱』
どうしてブリキアがここにいるのか、何からお伝えすれば良いのでしょう。ブリキアは誰かへ心を伝えるのが苦手です。人魚族と違い、ブリキアには言葉を発する器官がありませんから。
身体を震わせる動きでブリキアは考えていることを伝えます。魚介人ではないあなたへ、どれだけ正しく、どれだけたくさんの心が伝わるのでしょう。
……同じ人魚同士でも、心が通じない時もあるのですね。
そうおっしゃるのでしたら、少しだけブリキアにお付き合い下さい。
ブリキアは幼生時代の尾が取れて足が生えると一人前になります。大人になってからはずっと、ブリキアは掃除の仕事をしていました。まわりの水を吸い込み、きれいにしてからまた身体の外へ戻すのです。
遠縁のブリキア人からお城での仕事を紹介されて、仲間の魚介人たちと海の底から出て来た時のことを今でも憶えています。
波の穏やかな海辺、砂浜にそびえる巨大な鉱物結晶。
日の光を受けて淡い紅色に輝くそれが貴族であるフルカ一族の住むお城だと仲間から教えられても、ブリキアにはやっぱり信じられませんでした。
お城は海の底では見られない、すべてが直線と平面でできた四角い箱でしたから。
お城の主であるフルカ様に一度ごあいさつをと、ブリキアたちは広間へ通されました。
扉のようなものはなく、いくつも重なり合う薄紅色の壁の一番奥にフルカ様はいらっしゃいました。
金色の装身具を身に付けたフルカ様のまわりに、真っ白な海藻が揺れています。細くてしなやかな葉が、水の中でゆっくりと。
よく見るとそれは海藻ではなく、広間いっぱいに満ちたフルカ様の身体の棘でした。
白い棘がまるで、寄せては返す波のようにも見えます。
おしゃべりな魚介人仲間のポモリアが、そっとブリキアにだけわかる動きでささやきました。
『フルカ様はお城に来てから四百年、ずっとこの広間から出ないで働いてるんだって。フルカ様がいなかったらとっくに他の国と戦争になってたよ!』
人魚族はそのほとんどがオスで、ごくまれに生まれるメスだけが美しい人体部を持っているそうですね。フルカ族はメスの中でも特に優れた者を主となして、一族を束ねているとか。
隣にいるポモリアがしきりにあたりを見回して落ち着きなく身体を揺らしていましたが、ブリキアはフルカ様から目が離せませんでした。
純白に薄紅の斑点を散らした腕の表面はびっしりと細い刺に覆われていますが、ゆったりと揺らす仕草が優しげでした。
長い髪はくすみのない白で、漆黒の肌をくっきりと縁取っています。
光の加減で緑からくるくると色を変えていく不思議な瞳を見ていると、ブリキアは何も考えられなくなってしまいました。
ぼんやりしていると不意に隣にいるポモリアから身体をつつかれました。
ブリキアがフルカ様にごあいさつする順番が来ていたのです。
掃除が得意です、と小さく身体を揺らしてみましたが、それがフルカ様へ伝わったかどうか。
全員のあいさつを聞いたフルカ様はこうおっしゃいましたね。
『私はこの城を離れることができない。一族を絶やさぬよう卵を産み、民を守らなくてはならないのだ』
フルカ様はとても大きな責任をお持ちだとブリキアは思いました。
『ゆえに皆は私の目となり、耳となり、私の手助けをしててくれると嬉しい』
最後にほんの少しだけフルカ様は微笑んでおられました。
ブリキアに何ができるのでしょう。できることといえば掃除だけの、ブリキアに。
ですが精一杯努めようとブリキアは思いました。
フルカ様から直接話しかけられたのは一度だけ、ブリキアがお城に来て一年ほど過ぎた頃でした。
日課の掃除をしようと入った広間では、フルカ様を囲んで一族の方々が話し合っていました。
ブリキアは邪魔にならないよう広間から離れようとしましたが、
『いつも通りここの掃除を続けてくれ』
フルカ様に止められてしまいました。
緊張しながら水を吸い込み掃除をしているうちにお話は終わり、皆様広間を出て行かれました。
ブリキアも次の掃除場所へと進みかけた時、もう一度フルカ様に呼び止められました。
『ブリキアはいつも丁寧に仕事をしているな。ブリキアが掃除した後は水が軽く感じる。ありがとう』
そうおっしゃって、フルカ様は三対六肢の腕を伸ばしました。
とんでもない、もったいないお言葉です。
どぎまぎしてブリキアは返事もそこそこに広間を飛び出してしまいました。
ブリキアが今まで聞いた中で、一番嬉しかった言葉でした。
ある時から、フルカ様のいらっしゃる広間が少しずつ明るくなっていくのにブリキアは気がつきました。
アガルタを照らす光の加減が変わったのかと最初は思いました。
広間の水の中には、フルカ様の身体から折れた棘のかけらも漂っています。それがいつの間にか増えていきました。
逆にフルカ様の身体は少しずつ、ゆっくり小さくなっていきました。
広間が明るくなったとブリキアが感じたのは、白い棘の波が消え始めたからでした。
人魚族の方々はブリキアよりもずっと長く生きられます。
けれど人魚であっても生きている者はいつか死んでしまいます。
フルカ様にも死が近づいているのでは。
そんな考えがブリキアの中に広がっていきました。
やがて次の主となるフルカ族の娘が呼ばれました。
お披露目の日に向かって、お城で働くブリキアたちは準備に忙しい毎日でした。
そしてお披露目の日。
ブリキアは広間へ続く通路を掃除していて、遠くからですが中の様子も見えました。
フルカ様は自ら装身具を取って一つ一つ娘に飾り、まだ幼い目元と頬へ華やかな金色の化粧を施して差し上げていました。
フルカ様と呼ばれる一族の長が、代替わりするのです。
不安そうな娘をフルカ様……先代のフルカ様は窓辺へ押しやりました。
窓辺は海とつながっていて、そこには新しい主の誕生を待つ人々が大勢集まっているようでした。
幾つも重なり合う薄紅色の壁を隔てていても、期待に満ちた感情が伝わってきます。
さざ波のように震え、豊かにうねる心の動きが、この世界を満たす水を通してブリキアにもわかりました。
新たな主が城の窓辺に見えたのでしょう。
一際大きな歓声が上がりました。
それを遠くに感じながら、ブリキアは思いました。
代替わりした後、先代のフルカ様はどこへ行かれるのだろう。
そう思いながら見た広間に、もう先代のフルカ様はいらっしゃいませんでした。
あたりには真っ白な棘のかけらが漂い、震えるブリキアの動きにふわりと舞い上がりました。
寿命のつきた人魚族がどうなってしまうのか、ブリキアは知りません。
ですがブリキアにはどうしても、消えたフルカ様が亡くなったとは思えなかったのです。
何故ならかすかに、フルカ様が楽しそうに水底を進む軽やかな音が伝わってきたからです。
すぐに追いかけなければ、ブリキアはもう二度とフルカ様に会えない。
何もお伝えしないままではいられない。
そう思いました。
あの時フルカ様がかけて下さったたった一言、それだけでブリキアには十分でした。
誰かに認められ、感謝されたのは初めてだったのです。
ブリキアは今、他の魚介人へ掃除の仕方を教えるようにまでなりました。
誰にでもできる仕事と言われることもあった掃除を、誇れるようになりました。
ブリキアがここにいるのは、お城から消えてしまったフルカ様にそれをお伝えしたかったのです。
「ブリキア、ここで休むといい」
フルカは潮の流れが穏やかな岩棚の陰へブリキアを導いた。
急いで追いかけてきただろう魚介人の足は、つま先が傷つき水を吸って白くふやけている。
フルカが城を出たのは五日前。それを追いかけてきたブリキアの身体は慣れない長時間の移動で傷だらけになっている。
ここは城のある海岸から遠く、国境に近い浅瀬だった。赤褐色の海藻が豊かに茂り、魚の群れが鮮やかな色の帯となって流れる。
「疲れただろう?」
尾があった子供の頃を思い出して、途中から泳いできたとブリキアが答えた。
「確かに何も言わず城を出てきたのは、誤解を招いてしまったが……」
古い棘と枝分かれした腕が潮に流され、フルカの姿は一族の他の者と同じ大きさにまで小さくなっている。しかし余計なものを取り去ったフルカの動きは軽やかで若々しく、城では厳しかった眼差しも穏やかになっていた。
「この目で直接見たかったのだ。民は不安なく暮らしているのかと、城の中でいつも気にかかっていた」
城を出たのは、これまでの政ごとが正しかったか確かめるためだった。
フルカの眼差しの向こうでは魚介人たちが集まって市場を開いている。
交易が盛んなのだろう、魚介人の売り物には人獣族や人虫族の国でしか手に入らない珍しい装飾品や骨董品も並んでいる。
その場で食べられる軽食を出す店もあり、市場は大勢の魚介人でにぎわっていた。
フルカは生命豊かなアガルタの海水を深く吸い込んで瞳を閉じ、再び開いた。
「ブリキアは勘違いしている。私はまだしばらく死なないよ。老いて棘は抜けてしまったが、おかげで城からも苦労なく出られた。ここの様子を見たら、また城に戻るつもりだ」
それを聞いて、ブリキアは驚きと勘違いに対する羞恥で身体を二つ折りにしてしまった。城に戻ってまた同じ仕事につけるだろうか、と不安でますますブリキアの身体は傾いていく。
その様子がおかしかったのか、フルカはしばらく笑っていたが、
「共に城へ戻ろうか。ブリキアがこうして迎えに来てくれたのだからね」
ブリキアの身体を支えながら、ゆっくり城の方角へと歩みだした。
(終わり)
登場人魚たち紹介
『白波の箱』を読んで下さり、ありがとうございました。
ここではフルカ人魚ちゃんや魚介人ブリキアなどの元になった生物を紹介します。
人魚族フルカ
まずフルカ人魚ちゃんのお姿。神秘的、そして高貴な雰囲気。サンバのダンサーっぽくもあr
元になった生物はこちら。
発見された場所がボヘミアやモロッコなので、黒色の肌や装身具にスラブ系民族の影響があるのかな? 本当のところは違うかも。
【フルカ人魚ちゃんの棘がどれだけ伸びるかについて】
人魚ちゃんの寿命くらい長生きだと、広間いっぱいになってもおかしくないかなと思いながら書きました。最初は死にねたでしたが、湿っぽいのもなと方向を変えました。
没にしたものには、一族のリーダー候補同士ライバルなフルカ人魚ちゃんふたりのシスターフッドなお話がありました。百合でした。
魚介人ブリキア
正式名称は古代魚介種ブリキア人。
検索すると『もしかしてプリキュアでは?』とプリキュアたちの画像が一杯出てきて『チガイマース!!!』と心で叫びながら作業していました。
プリキュアの検索結果を含めないでくれ。
ブリキアはホヤの祖先みたいです。
発見場所はロシア。足を出してるのでコサックダンスも踊れそう。
美味しそうなホヤの写真がトップにありますが、読むとホヤのすごさにびっくりします。しかし『ヒトを理解するためにホヤを調べる』というコピーを『ヒトを理解するためにホヤを 食 べ る 』と読み間違えてサイコパスかと思いました。サイコパスは私だった……ホヤはたまに酢の物で食べます。
ホヤは幼生の頃海中を泳ぎ、無脊椎動物ながら細胞が眼になる前段階まで進化していたようです。
そこでブリキアは周りが見えているという設定で書き進めました。人間と違う感覚器を持つ生物とどうコミュニケーションを取るかはSF的なテーマで、悩みながら設定しました。高度なボディランゲージということにしておいて下さい。
おまけ ポモリア人
イソギンチャクですね。
おわりに
カニ人アドカレ、すでにエントリーされてる記事みんな楽しみ過ぎて待ち遠しいです。まだまだエントリー空いている日もありますし、年一回、せっかくなので一緒にカニ人ワールドを楽しめたら嬉しいです。
ここまでお読み下さり、ありがとうございました!