FRB:2024年1月16日ウォラー理事講演(日本語訳)
1月16日にブルッキングス研究所のイベントで行われた、ウォラー理事による経済見通しに関する講演内容が市場で材料視(利下げ観測の後退:金利上昇)されていましたので、備忘を兼ねて日本語訳を掲載します。
日本語訳のみ掲載します。原文は、以下をご覧ください。
FRB(Fed)公式ページはこちら。
Speech by Governor Waller on the economic outlook - Federal Reserve Board
ほぼ最高の状態…しかし今後も続くのか?(Almost as Good as It Gets…But Will It Last?)
本日お話する機会を頂き、David Wessel氏とブルッキングス研究所に御礼申し上げます。
2023年後半、第3四半期の経済活動の強さとFOMCの2%インフレ目標への継続的進展の間にみられる明らかな矛盾について、一連の講演を行いました(脚注1)。そこでは、「何か手を打たなければならない」、つまり、経済活動が緩やかになるか、インフレ低下の進展が止まるかのどちらかが必要であると述べました。11月下旬までの最新の経済データは、第4四半期の経済活動が緩和する示唆があるものの、インフレが依然高すぎるというものであり、私を勇気づけるものでした。
現時点では、データは一段と改善しています。実質GDPは第4四半期に1~2%の間まで上昇が見込まれ、失業率は依然4%を下回り、コアPCEインフレは過去6か月で2%近辺まで迫っています。マクロ経済学者にとって、これはほぼ最高な状態です。
しかし、今後も続くのでしょうか。インフレが直近の経路を維持することができるのかどうか、時間が経てば分かるでしょうし、FOMCの物価安定目標を達成したと結論付けられるのも時間次第でしょう。労働市場が依然予想を上回る状況でもそれが起きうるのかについても、時間が教えてくれるでしょう。直近の数か月で得られたデータによれば、委員会が2024年に政策金利の引き下げを検討することができます。しかし、これらのデータ傾向の持続性についての懸念は、政策経路の変化が慎重に実行されるべきであり、性急に行われるべきではありません。結論としては、経済は現在の見通しに沿って進むと、私はより自信を感じています。
この見解に行き着いた理由である経済活動のデータから始め、その後、労働市場、金融環境及びインフレについてお話します。最後に、これら全てが金融政策に示唆すると私が考えていることをお話します。
まず、経済活動は緩和しています。実質GDP成長率は、2023年第1~第3四半期にかけて平均年率3%、第3四半期は5%となった後、第4四半期には明らかに減速しているとみられます。Blue Chip調査の見通しによると、2023年第2~第4四半期に民間部門の実質GDP成長率は平均1.5%と推計されています。アトランタ連銀のGDP Nowモデルでは、手元のデータによれば、現在、2.2%となっています。この緩和の大部分は設備投資及び政府支出によるもので、これらは2023年初期に急速に成長したものの、持続的ではなかったようです。個人消費も、同年初期のGDP成長率の驚くべき強さの多くを占めましたが、足許までの減速はより一時的と思われます。高い政策金利や過剰貯蓄の枯渇、クレジットカード利用の増加といった要素は、全て将来の成長減速の前兆ですが、既に発生している減速の程度は不透明です。個人消費はGDPの3分の2超を占めるため、この需要要素は見通しにとって明らかに極めて重要です。明日、12月小売売上高の公表物で、個人消費についてより詳しく知ることが出来るでしょう。
労働市場に移りますが、2023年にかけて、労働需要が減速する中、労働供給は増加しており、この流れは続くことで労働市場はより良いバランスになると見込んでいます。最新の雇用統計はこの見立てに反するように思われるかもしれませんので、なぜ私がそう思わないか、ご説明します。簡潔に言えば、12月雇用統計のサプライズは、2%インフレに向けた進展を支える進行中の緩和トレンドに対するノイズであると捉えています。
12月の失業率は3.7%で横ばいとなった一方、雇用者数は216,000件増加しており、これは市場予想を上回り、かつ11月の173,000件、10月の105,000件から増加しました。雇用創出の緩やかな加速に見える一方、私は、月次の雇用者数が2023年の大半で下方修正されたことを思い出します。雇用の一次推計値から三次推計値にかけて、10回中9回下方修正されました。直近の改訂状況を踏まえると、12月も下方修正する可能性が十分にあります。もっと言えば、今後の数四半期にかけて成長期待が緩和しており、雇用増加は減速する見込みです。直前の数四半期にかけての動きを見ると、すでにこれは起きていることだと言えます。第4四半期にかけての平均雇用者数は165,000件であり、第3四半期平均の221,000件や2023年上半期の257,000件から一段低下しています。このデータは、労働供給・需要のバランスが改善していることを示しています。
同様に、先月の賃金上昇率の上昇も、長期的な視点で見るべきです。平均時給は11月同様、12月に0.4%増加し、3か月間及び12か月間の増加率も上昇しました。しかし、第4四半期を通してみると、賃金は第3四半期の上昇率より低く、過去数四半期にかけては、2%インフレに向けた進行中の動きに合致するであろうと見込んでいる労働賃金における、様々な指標から確認される賃金上昇は緩やかとみられます。また、12月に労働参加率は低下したものの、第4四半期平均は2022年より高い状況です。これらは全て、労働市場のバランスが改善し続けているサインです。
一方、求人数のデータは労働需要の緩和が進行していることを示唆しています。私の考えでは、求人数は、過去2年間、インフレ抑制に向けた制限的金融政策が労働需要及び失業に影響を与える度合いについて、重要な役割を果たしました。全体の労働需要は雇用された労働者の合計数であり、企業が雇用を望む労働者の人数であると考えられます。後者は、求人数として最も適切に計測されます。もし労働需要が減退すれば、質問は、雇用が需要減少の矢面に立つ(打撃を受ける)のか、求人数はこの影響を吸収するのか、ということです。伝統的なフィリップスカーブ分析は、雇用は結果として矢面に立ち(打撃を受け)、失業率は金融政策の引き締め以降著しく上昇すると想定しています。これは、特に求人率が4.5%を下回る場合に、不合理的な想定ではないことを歴史が示しています。
しかし2022年春には、1,200万件近い求人数とともに求人率が7.5%程度のピークをつけ、依然約600万人の失業者が存在していました。これは、求人が多く求職者がごく少ない中で、労働需要が緩和した際に企業がまず行うのは労働者のレイオフであるという、私の直感に反するように感じました。私の経済的直感は、今回は事情が異なっており、雇用及び失業が比較的わずかしか変動せず、求人は労働需要の減少を吸収する、ということでした。
しかし、時に直感だけでは不十分です。直感を確かめるのに経済モデルが必要であり、十分なデータ分析による理論的影響の定量化が必要です。これは、Andrew Figuraに助力いただき2022年5月に行った講演で示したことです(脚注2)。講演では、求人数と失業率の理論的関係であるベヴァレッジ曲線を取得するため、textbook labor searchモデルを示しました(脚注3)制限的金融政策の失業への影響を定量化するため、理論モデルを修正するための標準的な実証モデルを用いました。制限的な金融政策によって、求人数の大幅減少を通じて求人率が7.5%から4.5%に低下した場合、失業率の増加は比較的小幅であり、3.7%から4.2%への増加となることが示されました。この分析に基づき、非自発的失業率が上昇しない限り、FOMCは制限的な金融政策によって失業率の大幅増加を伴わずにインフレを低下させることができると私たちは主張しています。これは、信じられないほど高い求人率や求職者不足を踏まえると、非常に喜ばしい仮説に思われます。私たちの予測は、標準的なフィリップスカーブ分析や過去の前例と矛盾しますが、私たちは、2022年に前例のない時代に生きていたのです。
その講演からほぼ2年が経ちました。私たちの予測はどの程度妥当だったでしょうか。当時以降のデータは私たちの議論を支持しています。2022年3月以降、FOMCは500bps(5%)を超える利上げを行い、コアPCEインフレは低下、特に過去6か月間で大幅に低下しました。この劇的な金融引締めの間、求人率は7.5%から5.3%に低下し、失業者数に占める求人数は1.4%未満、つまり、ピークの2%から低下し、パンデミック前水準の1.2%から遠くない水準になりました。非自発的失業率は2022年4月から実質的に変わらず1%です。一方、失業率は若干反発した時期もあったものの2022年3月と同じ3.7%で、私たちの予測より低位です。
さて、これは永遠には続かないと述べました。私たちの研究において、求人率は4.5%を下回り続けると、失業率は大幅に上昇することを示しました。そのため、今後、金融政策は過度な引締めを回避するため、より注意深く進める必要があります。しかし、私にとってこのエピソードは、良いデータ分析を備えた良い理論は、たとえ予測が従来の知恵に反するとしても、良い政策結果をもたらしうることを示しています。
労働市場から話を移しまして、経済活動及びFOMCの目標に向けた進展に影響を及ぼすもう一つの重要な要素は、金融環境であり、FOMCのスタンスについて私の見方をお話したいと思います。この秋には金融環境の引締めに、そしてより最近では金融環境の緩和に多くの注目が集まっています。私の見方では、全体として、金融環境は依然制限的であり、経済活動の足を引っ張りインフレの下方圧力となるような望ましい効果を発揮し続けています。
9月の堅調な雇用統計のすぐ後、第3四半期の経済活動が急成長した10月半ばに、10年国債金利が約5%のピークに達したことを思い出してください。当時、FOMC参加者は依然2023年の追加利上げを見込んでいました。しかし、そこでデータは冷え込みはじめ、FOMCの12月経済見通し(SEP)では追加利上げは行わないことが示され、10年国債金利は約4%に低下しました。これは、概ね7月の最後の利上げ直後の水準です。7月には、金融環境は十分タイトであるとの見方が広がっていたことを思い出してください。これは今日でも依然正しいと考えており、金融上の変数を幅広く捉えている金融環境指数の足許の内容とも整合的です(脚注4)。
それでは、経済活動、労働市場及び金融環境に関するデータが2%インフレに向けた進展にどのような意味があるのか、話をしたいと思います。背景は、2023年にインフレに対して多くの進展があったことです。FOMCが目標に対する尺度として選好している、総合PCEインフレ率の前年比変化率は、1月の5.3%から、最新データの11月は2.6%に低下しました。変動幅の大きいエネルギー及び食料品価格を除いたコアインフレ率は、インフレの動きを示すのによりよいもので、コアPCEインフレ率は1月の5%から11月に3.2%まで低下しました。1年間にかけてインフレ率は低下していますが、現在のインフレ水準をよりよく理解するため、3か月前対比、6か月前対比で見てみたいと思います。前述したとおり、6か月前対比のコアインフレ率は年率2%近辺で推移しており、3か月前対比についても同様です。
消費者物価指数(CPI)と生産者物価指数(PPI)の12月のインフレデータは、先週公表されました。CPIは総合及びコアのいずれも0.3%上昇しました。PPIはいずれも継続的な低下を示しました。一部のPPIデータは12月のPCEインフレに取り込まれ、民間部門の見通しでは、コアPCEは前月比0.2%とされています。もしこの見通しが正しければ、12月のコアPCEは3か月前対比や6か月前対比で2%近辺を維持するでしょう。
2%のPCEインフレが私たちの目標ですが、一時的なものでは達成とは言えません。2%水準が持続する必要があります。前述のとおり、経済活動や労働市場の冷え込みに基づくと、持続的な2%水準のPCEインフレ達成は間近であるとより確信しています。近づいているとは思いますが、インフレが目標に向けて持続的に低下しているとの考えを裏付ける、あるいは(おそらく)反する、今後数か月の更なる情報が必要です。
これは金融政策に示唆を与えます。金融・経済環境に関する手元のデータや私の見通しとあわせてインフレについて述べた進展により、インフレが2%への道のりにあるということに2021年当時より確信的になりました。当時以降、政策はインフレ抑制を強調していた一方、現在の労働市場の底堅さを踏まえて、今のFOMCの焦点はより中立的である可能性が高く、雇用を最大水準近辺に留めながらインフレを2%に向けた道のりに維持することです。現在、雇用及びインフレの責務に対するリスクはよりバランスがとれていると考えています。インフレの持続的進展及び経済を悪化させない労働市場の緩やかな冷え込みを注視していきます。
金融政策は適切に設定されていると確信しています。制限的であり、インフレ緩和を確認できるように需要への下方圧力を継続すべきです。先に述べましたが、私たちは2%インフレ目標を達成するための正しい軌道に乗っていると確信しています。
インフレが反発・上昇継続とならなければ、FOMCは今年FF金利の目標レンジを引き下げることができるでしょう。この考えは、見通しの中央値で2024年に3回の25bp利下げとしている12月のFOMC経済見通しと整合的です。明らかに、利下げ時期や2024年の実際の利下げ回数は今後のデータに依存しています。今年の利下げ見込みを後ろ倒しさせるリスクは、2023年
第4四半期に見られた経済活動の緩和が継続しないこと、2023年に見られた労働市場の需給バランスの改善が止まるまたは反転すること、これまでのインフレ緩和が消失することです。
私が注視しているデータの一つは、来月予定されているCPIの改訂です。昨年を思い返すと、インフレは急速に低下しているように見えましたが、季節要因の年次改訂により相殺されました。2月半ばには、1月CPI及び2023年の改訂を控えており、インフレの全体像が変わるかもしれません。私の希望は、改訂がこれまでの進展を確認するものとなることですが、よい金融政策はデータに基づくものであり、希望に基づくものではありません。
利下げが適切となった時期には、系統的かつ注意深く実施することが可能であり、かつ、そうすべきと確信しています。景気後退を脅かしたり、景気後退を引き起こした経済ショックの後に始まった過去のサイクルの多くにおいて、FOMCは反応的に、きわめて急速かつ大幅に利下げを実施しました。しかし、今回のサイクルでは、経済活動及び労働市場が良い状況でインフレは徐々に2%に低下しており、過去と同様に迅速に行動し、急速に利下げを行う必要はないと考えています。経済が健全な状態であることで、(名目)政策金利を引き下げ、実質政策金利を適切な引き締め水準に保つような柔軟性を得られます。しかし、利下げの時期及び回数は今後のデータによって定められることを繰り返しお伝えして、終わりにしたいと思います。
ありがとうございました。
(脚注1)
Christopher J. Waller (2023)
"Something's Got to Give"(the Distinguished Speaker Seminar, European Economics and Financial Center, London, October 18)
"Something Appears to Be Giving" (the American Enterprise Institute, Washington, D.C., November 28)
発言は自身の意見であり、必ずしもFOMCの同僚の意見ではありません。
(脚注2)
Christopher J. Waller (2022)
"Responding to High Inflation, with Some Thoughts on a Soft Landing"(the Institute for Monetary and Financial Stability (IMFS) Distinguished Lecture, Goethe University Frankfurt, Germany, May 30)
(脚注3)
Figura and Waller (2022)
"What does the Beveridge curve tell us about the likelihood of a soft landing?" (FEDS Notes. Washington: Board of Governors of the Federal Reserve System, July 29, 2022)
(脚注4)
例えば、ゴールドマンサックスの金融環境指数(Financial Conditions Index:FCI)の動きは10年国債金利の動きと似通っている部分が多く、7月の水準に近い状況です。Fedの経済成長に対する金融環境インパルス(Financial Conditions Impulse on Growth:FCI-G)も、2023年初期のピークから低下の動きを示しており、その水準は、経済活動に逆風の状況であると示唆しています。