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病院勤務、辞めました。

突然だが、年明けに病院を辞めた。
年齢的にも区切りが良いかと思い、新しいことを始めてみようと思った。

今は病院から離れ、いわゆる"会社"に人生で初めて勤めている。改めて、勤務地としての病院は独特な場所だったんだなと感じる。

人手不足の中、あくせく働く病棟看護師
日々、ベッドの稼働率を血眼になって見ている管理者
そんな管理者に反感を抱く医者
医者や看護師と上手くやろうと空気を読む他職種

そんな毎日だった。
地域連携室という部署は、患者の入退院を管理する。病院によって業務内容は様々であり、そればかりというわけではないが、日頃のメイン業務は管理者と連携したベッドコントロールであった。

その業務内容から、病棟や管理者、院内の多職種の人間と関わる。立場や職種によって、みんなの考えは違っていた。

「こんな認知症の人のリハビリをして意味があるのか」
「なら意味のあるリハビリを考えてほしい」
「既往症の多い患者はうちでは対応できない」
「上は現場を分からずに患者を入れまくる」
「難しい患者でも入れなければ経営が破綻してしまう」

私が他人の意見に感化されやすいという性格もあるのだが、みんなの言い分はそれぞれ理解できた。
みんながそれぞれキャパシティの違う中、ギリギリの状態で働いていた印象がある。誰しもが、余裕がなかったのだろう。

離職率は当然のように高かったし、現場の職員が"給料が良いだけ"と愚痴を言うのをよく耳にした。

それでも、必ずしもそれが劣悪な環境であったとは思わない。支え合いながら、それぞれの業務をこなしていた。
私はそう感じていた。

私が病院勤務を辞めたのは、そういった環境が嫌だったということが全てではない。
そもそも働くということ自体が簡単ではない。
誰かと関わる分だけストレスがかかるし、嫌でも自分の無能さを感じてしまう瞬間がある。
それはきっと、ネガティブな私にとって、どこでどんな仕事をしていても感じてしまう苦悩だ。

なら何故、6年間生業としていた相談員としての仕事を今さら辞めたのか。

単純に向いてないなと思ったからだ。

退院してしまえば、おそらく出会うことのないであろう他人。退院先でどうなっていても無関係だから、入院日数が長くなっている患者はとりあえず退院させる。
急変が起きる。患者が逝去される。そんな時でも脳裏によぎるのはベッドの空床のこと。
もちろんそんな考えばかりではないが、そうやって考えることができるようになった自分が嫌になった。

自分自身、それほど優しい心根を持っているわけでもないし善人でもない。だからこそ、どこか蔑ろになって、本当に患者やその周囲をとりまく環境にとっての支援ができていないのではないかと思うことがあった。

病院の経営は厳しく、かけがえのない存在であるにも関わらず、そのあり方が問われている。
その中で、私は"ソーシャルワーカーとして"働けていたのか。ただ病院の一部として働いていたのではないか。
そう問われると耳が痛い。

ということで
いったん、病院を離れてみようと思う。

noteは引き続き、MSW勤務時代のことばかり書いていく予定です。よろしくお願いいたします。

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