見出し画像

小説『かけろカケル』(2013年度京都精華大学マンガ学部キャラクターデザインコースAO入試問題〈3〉)

 ここに紹介する小説(冒頭のみ、未完)は、2013年に開設された京都精華大学マンガ学部キャラクターデザインコースのAO入試(2012年夏実施)で出題された「小説さし絵問題」の問題文3篇のうちの1篇です。受験生は、3篇の小説を読み、自分が描きやすい1篇を選ぶものでした。しかし、文章を読むのに時間がかかる受験生が多く、絵を描く時間が短くなるため、翌年からは1篇に絞るようになりました。

 他の2篇に比べると、舞台設定やコスチュームなどが最も日常的で、あまり考えずに描けるものになっています。いわばサービス問題ともいえます。案の定、大多数の受験生が、この問題を選んで、さし絵を描きました。

(公開にあたっては、京都精華大学入試チームの確認を得ています)

【小説3】『駆けろ、カケル!』

「うわあ!」

 けたたましい目覚まし時計の音で目をあけた山下翔{カケル}は、デジタル時計の数字を見て声をあげた。
 時刻は午前九時〇五分。
「まずい! 完全に遅刻だ!」
 バネ仕掛けの人形のようにベッドの上に跳ね起きた翔は、壁にかけたハンガーからワイシャツとネクタイにスーツを引きはがすと、大急ぎで身につけた。
 あわてているせいで、ワイシャツのボタンは掛けちがえるし、ネクタイの長さもなかなか合わないし。泣きたくなったが泣いている暇もない。とにかく今日は、入学が決まった南西学院大学の入学式なのだ。しかも入学式の開始時刻は午前十時ちょうど。このアパートから大学までは、どんなに急いでも一時間はかかる。
 髪をツンツンさせるヒマもない。
 急げ、急げと自分をけしかけながら靴下を履き、玄関で革靴を履く。
 手には、履修届けの書類一式が入った大学の紙封筒。これを忘れると、今学期の授業登録ができなくなる。
「財布もハンカチもOK!」
 翔は、声に出して確認すると、あわただしく玄関のドアを開けた。
 翔の部屋は二階の一番奥だ。ガチャガチャと音を立てて玄関のドアに鍵をかけたカケルは、そのままアパートの廊下を駆け出した。
 一階につづく階段を三段置きに飛び降り、駅に向けてダッシュする。
 最寄りの私鉄駅までは約一キロ。徒歩なら十五分弱の距離だ。住宅街の中を走っているうちは周囲に人気はなかったが、駅に近づくにつれて人通りが多くなってきた。駅につづく狭い商店街は、遅めの出勤をする男女や開店の準備をする商店の関係者であふれていた。
 翔は、駅に向かう人波の中に隙間を見つけては、左右に身をひるがえしながら駆けた。
 大学の入学式に遅刻するのは、もう間違いない。翔は、絶望感に襲われながら、人波の中を縫うように走り抜けた。
 入学式を欠席しても、たいていの大学では問題にすることもない。でも、翔の場合は、そうはいかなかった。なぜなら翔は、今日の入学式で、新入生を代表して、挨拶することになっていたからだ。
 とくに入試の成績がよかったわけではない。ただ運がよかった――いや、悪かっただけなのだ。というのも、南西学院大学では、その年の新入生代表を、抽選で選ぶという伝統があったからである。
「きみも南西学院大の学生?」
 ふいに背後から声をかけられたのは、駅の改札を駆け抜け、高架になったホームへの階段を駆けあがったときだった。
「え?」
 はあはあと息を切らせながら振り向くと、そこに、やはり肩を上下させている若い女性がいた。彼女も階段を駆けあがってきたらしい。
 女性は、茶髪をショートカットにして、眼鏡をかけている。身長は一六〇センチほどか。ほっそりした身体にミニのワンピースを着て、その下には黒のレギンス。足先にはヒールの高いサンダルを履き、ピンクのリュックサックを肩にかけていた。
 見たところ翔と同じ大学生らしい。つまり女子大生ということになる。
「その封筒、南西学院大のでしょ?」
 女子大生が、翔が手にしていた封筒に目を向けていった。
「はい、そうですが……」
 といって翔は、女子大生が自分と同じ角封筒を手にしていることに気がついた。「NSGU」という南西学院大学のイニシャルが印刷された封筒だ。
「わたしは、三崎春香(みさきはるか)。南西学院大の二年生よ。きみは……新入生?」
「は、はい。山下翔といいます」
「いい脚力してたわね? もしかして陸上部の特待生?」
「ち、ちがいます。高校時代はずっと帰宅部で、運動部の経験はありません」
「だったら、ちょうどいいわ。きみ、私たちのランニング・サークルに入らない?」
「ええーっ? だめですよ、運動系のサークルなんか」
 翔は、小学生の頃からゲームが好きで、ゲームのやりすぎで視力が落ちたほどだ。眼鏡はかけていないが、コンタクトを使っている。
 そこに下り電車が入ってきた。翔と春香は、この駅で降りる乗客と入れちがいに電車に乗った。
 大学の最寄り駅までは四駅。十二分ほどで着く。その間、春香は、翔をランニング・サークルに勧誘しつづけ、翔は、必死に断りつづけた。
「ええっ?」
 大学の最寄り駅に着いて、春香を振り切るように改札口を出た翔は、駅前ロータリーのバス停に貼られた時刻表を見て、思わず声をあげた。
〈本日、入学式のため、時刻表は特別編成になっています〉と印刷された張り紙があり、スクールバスの次の発車時刻は三十分後になっていたからだ。ここは小さな駅でタクシー乗り場もない。
 腕時計を見ると、九時四十分になっている。
 ここから大学までは四キロ。歩いていたら一時間ちかくかかる。遅刻は決定だ。
 こうなったらしかたがない。大学に遅刻することを連絡しよう。
 そう決意してスーツのポケットに手を伸ばしたとたん、翔は重大なことに気がついた。あわてていたせいで、愛用のスマートフォンを部屋に置き去りにしてしまったのだ。小さな駅のロータリーには、飲み物の自動販売機があるだけで、公衆電話もない。
 ――どうしたらいいんだ……?
 途方に暮れていると、また背後から声がかけられた。
「バスで行くつもりだったの?」
 声をかけてきたのは、またもや春香だった。
 振り返ると、いつのまにかリュックサックを背負い、足元はサンダルからランニングシューズに変わっている。リュックサックに入れてあったものと交換したらしい。
「なんですか、それは……? まさか……」
「そのまさかよ」
 春香がにっこりと笑った。「バスが来ないんだから、歩くか走るしかないじゃない。遅刻したくないんだったらね」
「遅刻って、あなたも入学式に出るんですか?」
「そう。式典の手伝いをすることになっているの。ま、走れば遅刻することはないわ。裏道を知っているから、ついてらっしゃい」
 そういうと春香は、翔の背中を勢いよく押した。
「え、ええっ?」
 背中を押され、つんのめるように思わず走り出す。
「ほらほら!」
 春香は、けしかけるように声をかけ、さらに背中を押してきた。
 勢いに負けて走り出すと、
「その調子!」
 横に並んだ春香が、にっこり笑って「ついてらっしゃい」とスピードアップした。
「は、はい……」
 わけがわからないまま翔も速度をあげた。
 春香は、軽やかに大学の方角に向けてのびる車道の端を走っていく。ランニング・サークルのメンバーというだけあって、走りもリズミカルだ。
 ネクタイを結んだままのスーツ姿。しかも足元は革靴だ。ランニングには、まるで向いていない。それでも翔は、春香についていくことができた。
 春香の方も、息が上がる様子はない。どうやら翔に合わせて、スピードを調節しているようだった。
 ――くそ……!
 ふいに翔の胸の奥に、負けん気が湧き起こった。一年先輩かもしれないが、相手が華奢なからだつきの女子だったからだ。
 ぐいと加速して春香を抜く。追い抜きざまに春香を見ると、その顔がニヤリと微笑んでいた。
「こっちよ」
 ふいに春香もスピードを上げ、左手の狭い道に折れ曲がる。その先には、小高い丘がひろがっていた。
 春先とあってか、丘の斜面は緑一色に染まり、ところどころに黄色い花が咲いている。
 しかし、景色を眺めているゆとりは、すぐになくなった。急に坂の勾配がきつくなって、途中から石の階段になったからだ。
「この階段を昇るんすか?」
 階段は、五十段くらいはありそうだ。翔は脚を止めて、背後から追いかけてくる春香に問いかけた。
 さすがに身体が熱くなり、首筋からは汗が流れはじめている。
「そうよ。さあ、駆けて、駆けて!」
 翔は、春香に急かされて、石段を駆けあがりはじめた。
 階段を走って昇るのは、さすがにつらい。背中から汗が吹き出し、ワイシャツを濡らす。
 息を切らしながら階段を駆けあがると、そこにはコンクリートの鳥居があり、その先に、小さな祠(ほこら)があった。丘のてっぺんが神社になっていたのだ。
「こっちよ」
 すぐに追いついてきた春香が、先に立って祠の脇を抜けていく。
「あ……」
 遅れて祠の脇を抜けた翔は、前方にひろがる別の丘の斜面に、数棟のビルがそびえているのを見つけた。まちがいない、南西学院大学のキャンパスだ。
 いまいる丘からは、細い道がキャンパスの方向につづいている。その間にトラックや乗用車が走る車道が見えた。バスが走る通りだが、この丘を避けて、だいぶ遠回りしているらしい。
「どう? かなりのショートカットでしょ?」
 春香が、にっこりと微笑みかけてきた。
「はい!」
 翔も笑顔を返す。ここからキャンパスまでは一キロくらいか。下り坂だということを考えれば、五分もかかることはない。時刻は九時四十九分。全力で走れば、遅刻は免れそうだ。
「行くわよ!」
 春香が先に下り坂に向けてダッシュする。
「はい!」
 翔もあわてて後を追い、すぐに春香を追い抜いた。
 春の風が顔に心地いい。スピードを上げると、大学のキャンパスがどんどん迫ってくる。
 ――これならスクールバスに乗る必要もないかもな……。走った方が気持ちいいし。
 翔は、なんだか走ることが好きになりそうな予感がした。
 それでも、まさか二年後に、東京マラソンでトップ争いをすることになろうとは、この時点では、夢にも思っていなかった。

○問題

 小説中に登場した二人の登場人物(山下翔と三崎春香)が出ているシーンをさし絵にしてください。できるだけ動きのあるシーンを選び、時間や場所がわかるような背景も描き込んでください。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?