小説『忍者ガールは十七歳』(2015年度 京都精華大学マンガ学部キャラクターデザインコースAO入試問題)
2014年夏に実施された2015年度京都精華大学マンガ学部キャラクターデザインコースAO入試で出題された「小説さし絵」の試験問題です。
(問題文の掲載にあたっては、京都精華大学入試チームの確認を得ています)
AO入試「さし絵」試験問題
次の小説の抜粋を読んで、「絵になる」と思えるシーンをカラーのさし絵にしてください。
さし絵を描く際、以下の点に留意してください。
1)主要登場人物は全身を描くこと
2)状況がわかる情景(背景)も描くこと
3)さし絵を描くA4用紙は「縦位置(縦置き)」で使うこと
〈問題文〉
『忍者ガールは十七歳』
「ぎゃああーーっ!」
目を開けてベッド脇の床を見たあたしは、思わず絶叫した。
フローリングの上に転がっていたのは、ピンクの目覚まし時計――正確にいうと目覚まし時計の残骸だった。
アナログ表示の目覚まし時計のガラスが割れ、長針と短針が折れ曲がっている。背後から飛び出した単二の乾電池が二本、これもフローリングの上に転がっていた。
「い、いま何時?」
ベッドから飛び出し、机の上に置いてあった腕時計を見る。
「ぎゃああーーっ!」
あたしは再び絶叫した。
腕時計の針は八時十五分。目覚まし時計は七時ちょうどにセットしてあったはずなのに、なぜ、こんなことになってしまったの?
その理由は、わかっていた。七時にけたたましく鳴った目覚まし時計を、壁に向けて投げつけてしまったのだ。それが証拠に、壁に貼ったアイドルグループのポスターが破れていた。しかも破れていたのは、よりによって、いちばんお気に入りのマー君の額の部分だった。
――あーあ……!
と嘆きたかったが、そんな時間はない。
あたしは超特急でパジャマを脱ぎ、学校の制服に着替えると、二階の自分の部屋から飛び出し、階下のダイニングルームに向けて階段を駆けおりた。
いや、駆けおりているヒマなんかない。カバンを小脇に抱えて廊下の床を蹴ると、そのまま一気にジャンプし、一階の廊下に着地した。
ギシッ!
膝をついて柔らかく着地したつもりだったが、かすかに床が鳴った。不意の侵入者に備えて、床が「うぐいす張り」になっているせいだ。
――急いでいなければ、この床を鳴らすこともないのに。
あたしは、胸の奥で舌打ちをしながら、勢いよくダイニングのドアを開けた。
「あ!」
瞬間的に身体を引っ込める。その目の前を天井から降りそそいだ五本の槍が通過し、ドカドカドカッ! と音を立てて床に突き立った。
たったいま、うぐいす張りの床で音を立ててしまったがために、ダイニングのドアを開けた瞬間、天井から槍を落とすセンサーが働いてしまったのだ。ふだんなら、こんなドジは踏まないのに。
あたしは、突き立った槍の隙間をすり抜けてダイニングに入った。
食卓の上にメモが一枚置かれていた。
『今日は試験の準備で早出します。食事は自分で用意してね。ママより』
手書きの美しい字には、いつもジェラシーを覚えるばかりだ。
食卓の上には食パンの袋がひとつ。あたしは、袋から食パンを一枚抜き出すと、何もつけずに口にくわえた。そのまま身をかがめ、すぐさま食卓の下の床を右手ではたく。
ズーンと音を立てて床に開いた穴に、あたしはカバンを抱えて身を躍らせた。
――人影なし!
マンホールの蓋を持ち上げ、隙間から周囲を確認したあたしは、そのまま歩道に飛び出した。すかさず蓋を元にもどし、坂になった歩道を駆けくだる。七月下旬の朝。空は青く澄み、遠くに積乱雲が突き立っている。住宅街の背後に迫る小高い山からは、セミの鳴き声が響いていた。
ここは、京都郊外の閑静な住宅地。その一角に、あたし――霧隠忍(きりがくれしのぶ)の家はある。
鉄筋コンクリート二階建ての家は、とくに特徴はない。けれども実際には、うぐいす張りの床や落下する槍、そして、いま通り抜けてきた抜け穴のように、いろんな仕掛けがほどこされている。
というのも、あたしんちは家族全員――パパにママにあたしの三人だけど――が、みんな忍者であるために、こんなことになっているってわけ。ときどき面倒だなあ、と思ったりもするけれど。
パパは四キロほど離れたところにある私立北斗星高校の校長だ。ママも同じ高校の教頭の職に就いている。
そもそも、北斗星高校は、戦国時代――いや、それよりもっと昔の飛鳥、奈良、平安、鎌倉時代の大昔から続く「忍び」――つまり忍者の家系に生まれた子弟に、真の忍者教育をほどこすのが目的で設立された。
でも、本当の目的を知って通っているのは、「スポーツ特進コース」の皮をかぶった忍者育成コースの生徒四十八人だけ。他の「進学コース」に通う約四百人の男女生徒は、普通の高校だと思って通っている。本当は、忍者の子女だけを集めた学校にしたかったらしいが、それでは学校経営が苦しいため、一般家庭の子どもも入学させざるを得なかったらしい。
ちらりと腕時計に目をやると、八時二十分になっていた。高校までは直線距離で四キロだが、道は曲がりくねっている。つまり、道路を走ると時間がかかり、八時四十分の始業時刻には間に合わなくなってしまう。
試験は時間厳守で、遅刻したら教室には入れてもらえない。当然、試験は0点で、自動的に留年が決まる。武術を中心にした体育はもちろん、学科も指導が厳しい授業ばかりだ。留年して同じ授業を受けるのなんて、ごめんこうむりたい。
あたしは、ダッと勢いをつけると、歩道と狭い車道を区切るガードレールの支柱を踏み台にして、一軒の住宅の庭に飛び込んだ。この庭を突っ切って裏山に抜ければ、道路をショートカットできる。これが知らない家なら住居不法侵入になるけれど、その点だけは心配ない。というのも……
と、説明する前に、家の二階の窓から、黒い影が飛び出してきた。半袖のワイシャツを着て、やはりカバンを小脇に抱えている。クラスメイトの猿飛甲介(さるとびこうすけ)だ。
「おう! お前も遅刻か、忍?」
芝生が植えられた庭にフワリと着地した甲介が、微笑みかけてきた。
「うん!」
と答えようと思ったけれど声が出ない。食パンをくわえたままだったからだ。
「朝メシも食ってないのかよ。実は俺もなんだけど」
甲介は、そう言って食パンを一枚、口にくわえた。パンは、カバンに入れてあったらしい。
「ひごうで」
甲介が声を出す。「行こうぜ」と言ったつもりらしいが、パンをくわえたままで言葉になっていない。
ダッ!
甲介と一緒に庭の奥に向かって走り出した瞬間、
ドスドスドスッ!
前方上空から回転しながら飛来した黒い影が、目の前の芝生の上に突き刺さった。
「危ない!」
あたしは反射的に身をかわした。言葉が出たのは、食パンを口から放してしまったからだ。あたしは左に、甲介も食パンを宙に飛ばしながら右に飛びのいていた。
そこに黒い影の第二群が飛んで来た。
ドカドカドカッ!
芝生の上に突き刺さったのは、忍者が使う武器のひとつ、十字手裏剣だった。
「学校に遅刻しそうで、裏山を抜けるつもりらしいが、そのようなことは、このわしが許さん!」
庭の向こうは裏山に通じる雑木林になっている。その林から突き出した高い松の枝の上に、半袖の白いTシャツと短パンを身につけた老人が、ひとりで立っていた。
「爺ちゃん! また、おれの邪魔をする気かよ!」
甲介が声を出した。もちろん、あたしも、よく知っている。甲介の祖父の猿飛佐吉――今年、八十歳になるはずだが、身のこなしは現役の忍者に負けなかった。
「邪魔だと? ちがう! ズルいことをするのが許せんのだ!」
佐吉は、松の枝を揺らして空中にジャンプすると、甲介とあたしに向けて飛び降りながら、両手を左右に振った。
ヒュンヒュンと音を立てて飛んで来るのは、またしても十字手裏剣だ。
「爺ちゃんにかまっていたら、完全に遅刻する。行くぞ!」
甲介は、芝生を蹴って手裏剣をかわしながら、前方の雑木林に向けて突進した。
もちろん、あたしにも異論はない。左右ジグザグに動いて手裏剣をかわしたあたしは、甲介の後につづいて雑木林に飛び込んだ。
雑草と木の葉が生い茂る雑木林の中を、甲介とともに駆け抜ける。
「待たんかい!」
佐吉の声が後方上空から降ってきた。高い木の枝を伝って、あたしたちを追っているのだ。
突然、目の前が明るくなった。
その先は、広い片側二車線の車道になっていて、バスやトラック、乗用車にバンが、上下線を埋め尽くしている。朝のラッシュで渋滞が起きているのだ。
目の前に横断歩道はない。交差点も三〇〇メートル以上離れている。
「行くぞ!」
甲介は、雑木林から飛び出すと、ためらわずに渋滞した車列の上空に身を躍らせた。
あたしも甲介につづいて車列の上にジャンプする。
乗用車やバン、バスの屋根の上を飛び、駆ける。
「待て!」
背後からの声は佐吉のものだ。
佐吉も車列の上に身を躍らせ、何か細いものを投げた。
シュルルルッ!
蛇のようにくねりながら飛んできたのは、先端に鉛の錘がついた一本のロープだった。
「あっ!」
そのロープが、あたしの首にからまりついたのだ。
ぐいとロープが引かれ、あたしは飛び乗っていたバスの屋根の上に倒れ込んだ。
「忍!」
同じ屋根の上を甲介が前方から駆け寄ってくる。
「ぐふふふ。これで遅刻は確定。試験も受けられず、留年も決定だな」
ロープの端を握った佐吉も、バスの後方から迫ってきた。
「な、なぜ、試験のことを……?」
身体を起こしたあたしは、からまるロープに指をかけながら、佐吉の顔を覗き込んだ。
「これも試験のうちだからさ……」
ロープをたぐりながら迫る佐吉が、ニヤリと笑った。
(END)
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