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小説『B級ヒロイン魂』(2013年度京都精華大学マンガ学部キャラクターデザインコースAO入試問題〈2〉)

 ここに紹介する小説(冒頭のみ、未完)は、2013年に開設された京都精華大学マンガ学部キャラクターデザインコースのAO入試(2012年夏実施)で出題された「小説さし絵問題」の問題文3篇のうちの1篇です。受験生は、3篇の小説を読み、自分が描きやすい1篇を選ぶものでした。しかし、文章を読むのに時間がかかる受験生が多く、絵を描く時間が短くなるため、翌年からは1篇に絞るようになりました。

 合格した学生に訊くと、2013年度の問題のうち、いちばん続きが気になったのは、この問題文だったそうです。

(公開にあたっては、京都精華大学入試チームの確認を得ています)

【小説2】『B級ヒロイン魂』

作・すがやみつる

「仕事が決まりました。夕方までに事務所に来てください」
 マネージャーからのメールをスマホで読んだ夏美は、足を速めると、急いで残っていたチラシを住宅のポストに押し込んでいった。
 八月初旬の午後。空には雲ひとつなく、夏の太陽が真っ白に輝いている。
 日焼けを恐れて顔にはローションをしっかり塗り、つばのある帽子を目深にかぶっているが、そんなものは少しも効果がなさそうなほどのまぶしさだった。
 気温は摂氏三十五度を超えているのではないか。やはり日焼けを恐れて着ていた長袖のシャツは、汗でぐっしょりと濡れていた。
 石川夏美は、いま十九歳。高校在学中に声優のオーディションに合格し、多数の声優を抱えるプロダクションの養成部門に所属した。
 そこには夏美と同じように、映画・ドラマの吹き替えやアニメの声優をめざす多くの男女が登録し、毎日、レッスンを受けていた。
 ただし、レッスンも無料ではない。授業料を支払いながらレッスンを受け、デビューの日を待つという仕組みである。
 プロの声優を養成し、デビューさせるとはいうものの、声優の需要を考えると、養成部門に所属する声優志願者の数が多すぎた。毎年、百人を超す志願者が所属し、安くないレッスン料を払っているのだ。デビューさせた声優のマネージメント代ではなく、レッスン料で事務所を維持しているのが実態のようにも見受けられた。
 夏美は、高卒後もプロダクションの養成部門に居残り、レッスンを受けながらデビューの機会を待った。プロダクションの先輩には、何年か所属するうちに自分の才能に見切りをつけて、辞めていく人が多かったが、しつこく居残ることでデビューのチャンスをつかむ先輩も、少なからず存在していたからだ。
 夏美は、プロダクションに所属して二年目になると、同じプロダクションの演劇部門にも所属し、演技指導も受けるようになった。アニメの声優をするにも、洋画や外国ドラマの吹き替えをするにも、芝居の素養が欠かせないことがわかってきたからだ。
 俳優部門に属する役者たちの自主公演を見にいったこともあるが、みんな、実に楽しそうに演じていた。声だけではなく、全身を使って演じる演技の世界は、声優以上に幅が広く、奥も深そうだった。
 大変そうだが、その分、やりがいはありそうだ。きちんと演技もできる声優になろう。夏美は、先輩たちの芝居を観終わった瞬間、そう決意した。
 夏美が大学に進学しないで芝居の道に進むことを決めると、父が激怒した。サラリーマンの家庭に生まれ育ち、自分も大企業で実直なサラリーマンをつづける父にとって、芸能界は、まともな人間の働く世界ではなかったからだ。父は、「芝居など道楽者のすることだ」とまで言い切ったが、夏美の決意はゆるがなかった。
 その結果、勘当同然となった夏美は、家を出て狭いアパートに住み、働きながら生活費とレッスン料をまかなうことになった。
 働くといってもレッスンを優先するためには、時間が自由になるアルバイトを選ぶしかない。そこで掛け持ちで選んだアルバイトのひとつが、住宅やマンションのポストに広告のチラシを投げ込むポスティングの仕事だったのだ。
 このアルバイトが楽なのは、バイト先に出かけていく必要がないことだ。宅配便でアパートに届くチラシを受け取り、決められたエリアに配布するだけでいい。最初は自転車を使っていたが、すぐに歩く方が効率がいいことに気がついた。それ以降、徒歩でチラシを投げ込んでいる。
 そのうえに、レッスンの合間を縫うようにして、スーパーのレジ打ちとファミレスのウェイトレスもやっている。生活はキツキツだったけれど、芝居のレッスンは真面目に受けていた。その甲斐があってか、高校を出てから一年が過ぎたこの春あたりからは、講師役のベテラン俳優から誉められることが多くなってきた。
 仕事が入ったという連絡があったのは、そんなときのことだったのだ。

「こ、これを着るの……?」
 壁のハンガーに吊された衣裳を見て、夏美は目を丸くした。そこにかけられていたのは、テレビの人気特撮番組で、ヒーローと戦う悪の軍団の女性幹部が身につけている衣裳だったからだ。
 場所は駅前デパートの屋上に設置されたステージ裏。そこにプレハブの控え室が建てられていた。
 夏美にまわってきた仕事というのは、デパート屋上の特設会場で開催される特撮ヒーローショーへの出演だった。テレビで人気の特撮ヒーローが、屋上に集まったちびっ子の前で、悪の軍団に属する怪人と戦うという設定のショーである。
 ステージは一日に五回。出演料もポスティングやレジ打ちの仕事に比べると、悪くはない。
 夏美が役を割り当てられた女性幹部は、アクジョイダーという名前で、テレビではベテラン女優が演じている。アニメの声優もこなす七色の声の持ち主で、夏美の憧れの人でもあった。
 そんなベテラン女優と同じ役ができるのだから本来なら喜ぶべきなのだが、衣裳の実物を見たとたん、つい心が揺らいでしまったのだ。
 そこに用意されていたのは、忍者のような全身網タイツと極彩色のウロコがついた衣裳だった。ウロコは、トカゲかヘビのような爬虫類をイメージしたものだ。
 背中には、これもトカゲか恐竜のような背びれが突き立っている。
 しかもシンクロナイズド・スイミングの選手の水着にも負けないハイレグだ。身体の線が浮き出すように密着しそうな素材で、脇が大きくえぐれている。そこから網タイツごしに肌が透けて見えるようになっていた。
 腕には、肘まであるひれのついた手袋をつけ、脚には、これも後ろ側にひれのついた膝上までのブーツを履く。
 子ども向け番組というのに、やけに露出度が高い衣裳だった。おまけに合成の革でできた鞭まで用意されている。
「子ども向けといいながら、お父さんも一緒に見る番組ですからね」
 と笑いかけてきたのは、同じステージで仮面戦士マスカロイダーというヒーロー役を演じるベテラン男優だった。
 年齢は三十代後半だが、額が大きく後退しているせいか、夏美の父と同年代の五十代に見える。
 テレビで続くこのヒーローシリーズは、若いイケメン男優の登竜門として知られていた。ちびっ子のママたちにも番組を見てもらうためだといわれていたが、どうやら悪のヒロインも、パパたちの視聴率確保のために同じような役割を負わされているらしい。
「もっとも、こちらの正体は、ステージを見にくるちびっ子のお母さんには見せられませんけどね」
 ベテラン俳優が、苦笑しながら言った。
 たしかにその通りだ。こんなオジサンがヒーローだと知ったら、ママたちはガッカリするにちがいない。
 夏美が、そんなことをぼんやり考えていたところに、ガヤガヤと五人ほどの若い男優が入ってきた。夏美が演じる女性幹部の部下役を演じる俳優たちだ。彼らは悪の恐竜戦士と下っ端の戦闘員を演じることになっている。
「女性の更衣室は、あっちね」
 若い男優のひとりが、隣室につづくドアを指さした。ほかの男優たちは、着ていたシャツを脱ぎはじめている。アクション俳優をめざす男優たちで、皆、イケメンのうえに、裸になった上半身は、筋骨隆々に鍛えられていた。
 夏美は、顔を赤らめながら、衣裳を抱えて隣の更衣室に飛び込んだ。
「お待たせしました」
 夏美が衣裳の着替えを終えて控え室にもどると、男優陣も着替えをすませていた。顔に歌舞伎役者のようなどぎつい化粧をしているせいか、心も悪のヒロインになりかけている。露出度の高い衣裳も、さほど気にならなくなっていた。
「では、ちょっと演技の流れをさらっておきますか」
 仮面マスカロイダーの衣裳に着替え、パイプ椅子に腰をおろして缶コーヒーを飲んでいたベテラン男優が、台本を手に立ち上がった。
 イケメン男優のひとりは、恐竜戦士の着ぐるみを身につけ、右手で恐竜のマスクを抱えている。ほかの男優たちは、すでにドクロをデザインしたマスクで顔を覆っていた。
 ちびっ子のママたちが、恐竜戦士や戦闘員の正体を知ったら、キャアキャアと嬌声をあげそうだ。
「まあ、あまりむずかしい芝居は求められていませんから、好きなように楽しんでやってください」
 ベテラン男優の演技指導は、それだけだった。
 あらかじめ台本だけは渡されていて、夏美も芝居の流れだけは頭に入れていた。といっても台本には、「ここでステージを降りて子どもたちに襲いかかる」「ここでステージにもどる」といった簡単な指示しかない。
「じゃ、行きますか」
 ベテラン男優は、マスカロイダーの仮面を脇に抱えると、控え室のドアを指さした。
 控え室からステージの脇までは、短いトンネルのようになっている。前方のステージに降りた幕を通して、夏の日差しが感じられた。
「いいですか。この仕事を、売れない役者のアルバイトみたいに思ったら駄目ですよ。確かにB級の仕事ではあるんですが、B級ヒーローにはB級ヒーローの魂ってものがある。ステージ前に集まったちびっ子たちにとってわれわれは、あくまでも本物のヒーローであり、悪の軍団なんです。それを忘れないでください」
 ステージの手前で立ち止まったベテラン男優が、振り返って夏美に微笑みかけてきた。緊張をほぐすつもりだったらしい。
「は、はい……」
 夏美は、喉が渇くのを感じながらこくりとうなずくと、右手で持った鞭を握り締めた。
「心配しなくていいよ。俺たちがしっかりサポートするからさ」
 声をかけてくれたのは、恐竜戦士だった。声がくぐもっていたのは、すでにマスクをつけているせいだ。その間に、仮面マスカロイダーも、マスクをかぶっていた。
 次の瞬間、前方で激しい爆発音が鳴り響き、雷鳴が轟いた。ライトの光芒がステージとの間を仕切る幕の上を這い回る。
「ふははははは。今日もおおぜいのちびっ子が集まっているな。さてさて、われら悪の軍団にさらわれたいちびっ子はいるかな?」
 大音響の女性の声がスピーカーから炸裂する。テレビで女性幹部アクジョイダーを演じるベテラン女優の声だ。夏美は、彼女の声に合わせて演技をすることになっている。
 さっと幕が上がり、前方から目映い光が飛び込んでくる。
 悪の女性幹部アクジョイダーの衣裳を身につけた夏美は、恐竜戦士と怪人をしたがえて、その光の中へ飛び出した。
「さらわれたいちびっ子は、お前かな?」
 スピーカーから流れる声に合わせてステージを降り、子どもの席に迫る。
「さあ大変。みんな、正義のヒーロー、仮面マスクライダーを呼ぼうーっ!」
 女性司会者がステージの脇からマイクで呼びかけると、子どもたちが一斉に絶叫した。
「仮面マスクライダー!」
 子どもたちの声に合わせてステージの脇から飛び出したマスクライダーが、
「悪の軍団め。この仮面マスクライダーが相手になろう!」
 と、腕をまわして歌舞伎役者のようなアクションポーズを取る。
「ちょこざいな! あやつをやっつけろ!」
 スピーカーから流れるアクジョイダーの声に合わせ、夏美は恐竜戦士と戦闘員とともにステージに駆けあがる。
 そこからはマスクライダーが恐竜戦士と戦闘員を相手に、アクションを繰りひろげていく。夏美は、後方にさがって、指揮だけをとる役回りだ。
 ステージの上からは、ちびっ子たちが熱狂している様子がよく見えた。幼児にとっては、着ぐるみのヒーローや悪の戦士も、みんな本物なのだ。ならば、本物の悪の女性幹部を演じきろう。
 ――マスクライダーがB級ヒーロー魂を発揮するなら、こちらが爆発させるのは、B級ヒロイン魂よ!
 夏美は、手にした鞭を床にピシリと打ちつけた。

○問題

 悪の女性幹部アクジョイダーの衣裳を身につけた夏美が、仮面マスクライダーや恐竜戦士、戦闘員と一緒にいるシーンを描いてください。場所は、控え室でも、ステージに向かう途中でも、あるいはステージ上でもかまいません。あなたが「絵にしたい」と思ったシーンを描くようにしてください。ただし、場所がわかるように背景も描いてください。


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